『ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学 (中公新書)』1992/8/1
本川 達雄 (著)

「時間は体重の1/4乗に比例する。」
 動物のサイズが違うと機敏さが違い、寿命が違い、総じて時間の流れる速さが違ってくる……サイズからの発想で、動物のデザインを見直す新しい生物学の入門書です。
 1993年に第9回 講談社科学出版賞を受賞した少し古い本ですが、私にとって、生物学への考え方にパラダイムシフトを与えてくれた衝撃的な本でしたので、ここで紹介させていただきます。
 はじめてこの本を知った時、「ゾウの時間とネズミの時間は違う」という刺激的な表現に、え? 時間は誰にとっても同じ速さで流れているはずじゃないの? と、混乱を覚えました。そうでなければ、例えば小さい猫は、私の目の前から(時間的に)流れ去っていくのでは?、と……(笑)。
 よく読むと、どうやら「時間が違う」というのは、「時間感覚」のことのようで、ソウやネズミは心臓の拍動テンポや寿命が違うので、私たちヒトが感じる時間(物理的時間)とは別の時間(生理的時間)が流れているという意味のようです。
 この本は「動物のサイズ」の観点から、生物の構造や生態を明らかにしていくという生物学の本で、「動物のサイズが違うと機敏さが違い、寿命が違い、総じて時間の流れる速さが違ってくる。行動圏も生息密度も、サイズと一定の関係がある。ところが一生の間に心臓が打つ総数や体重あたりの総エネルギー使用量は、サイズによらず同じなのである。」ということを、すごく説得力のある説明の仕方で、分かりやすく教えてくれます。わたしたち生物の構造も、こういう物理的・工学的なアプローチで、意外にシンプルに解き明かすことが出来るんだ(!)ということに驚かされました。
 なかでも興味深かったのは、「第7章 小さな泳ぎ手」の低レイノルズ数の世界に関する記述。体長1ミリをほぼ境にして、働く物理法則が違ってくるので、生き物の生きている世界ががらりと変わるのだそうです。大きい世界はニュートン力学が支配する世界で、慣性力が主役となるのですが、小さい世界では、慣性力に代わって分子間の引力が主役になってくるのだとか。小さい世界は、環境がべたべたと粘りついてくる世界で、また熱運動による分子のゆらぎが無視できなくなり統計力学が支配する世界でもある……なるほど、物理法則の観点から、生物の構造まで解き明かすことが出来るんだなーと、なんだか感心してしまいました。よく考えると、当たり前のことなのですが、なんだか「生物=複雑で特別なもの」という思い込みがあったように思います(汗)。
『ゾウの時間 ネズミの時間』は、「自分の世界や時間だけの観点で他者を見てはならない」ことを教えてくれました。ヒトの私にとっては、空気は希薄で簡単に腕をぶんぶん振り回せますが、一ミリにも満たないような小さい生き物にとっては、それに乗ってふわふわ浮くことが出来るほど粘り気のある世界なのかも……。本川さんも、この本のあとがきで「おのおのの動物は、それぞれに違った世界観、価値観、論理をもっているはずだ」と言っています。
 いろんな意味で、「目を開かされた」刺激的な本でした。
 動物だけでなく、昆虫や植物についても興味深い記述が満載☆ 生物学の勉強にもなりますので、ぜひ読んでみて下さい。お勧めです☆
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