『バベル九朔』2016/3/19
万城目 学 (著)

作家志望の「夢」を抱き、 雑居ビル「バベル九朔」の管理人を務めている俺の前に、ある日、全身黒ずくめの「カラス女」が現われ問うてきた……「扉は、どこ? バベルは壊れかけている」。巨大ネズミの徘徊、空き巣事件発生、店子の家賃滞納、小説新人賞への挑戦……心が安まる暇もない俺がうっかり触れた一枚の絵。その瞬間、俺はなぜか湖で溺れていた。そこで出会った見知らぬ少女から、「鍵」を受け取った俺の前に出現したのは……雲をも貫く、巨大な塔だった……。バベルの塔をテーマにした傑作ユーモア幻想小説です。
(※ここから先は、物語の核心にふれるネタバレを含みますので、結末を知りたくない方は読み飛ばしてください)
主人公は、小説家を目指しながらも、雑居ビルの管理人として暮らしている「俺(九朔満大)」。毎日ひたすら小説を書きながらも、現実にやっているのは、ゴミ捨て場の掃除と、水道などのメーターの数字チェック……この雑居ビル管理人の日常がすごくリアルで、さすがは小説家だなーと思っていたら……なんと万城目さんには、本当に親戚の雑居ビルの管理人をしていた経験があるのだとか! しかも「俺」と同じように、作家になる保証もないのに会社を辞めて親戚の雑居ビルに転がり込んだそうです。だからこの作品は、万城目さんの「自伝的(?)」青春エンタメでもあるのです(笑)。
それにしても……万城目さんの描く主人公って、どうしていつも、するっと「友人面」をして読者の心の中まで入り込んでくるんでしょう? 他の作家の小説では、ほとんど感じたことのないほどの「共感」を感じてしまうのは、私だけなのでしょうか? この手際の見事さにいつも感心させられてしまいます。
「二十七年という長くも短くもない人生を経て、最近知った真実がある。
それは、寝過ぎはよくないということだ。
現在、俺には勤め先がない。つまり、平たく言うと無職である。管理人という立場はあるにはあるが、職と言えるほどの仕事はない。その証拠にいつまで寝ていようとも、誰にも咎められることはないし、怒られもしない。となると目が覚めても、このまま眠気が消えるまで布団にくるまっていようかな、という運びにある。
しかし、これが消えない。眠気というものは、起きないことには消えてくれない。(以下略)」
……うん、分かる分かる、本当にそうだよな……こんな風にして、主人公の「俺」はいつの間にか、読んでいる私のすぐ近くに親友みたいに存在し始めるんです。当たり前のような顔をして……。
さて、物語は、おんぼろ雑居ビル「バベル九朔」の画廊での出来事から急展開、「虚」と「実」が交錯し、居酒屋や探偵事務所が入居する平凡なビルが、天を突く塔の姿をした異界、眩暈がするほど高いバベルの塔として伸びていきます。そして謎のカラス女に追われ、「俺」は、いやおうなく塔の最上階を目指すはめになるのです。
太陽の使いだと豪語するカラス女は、「間違った影を正すのが私たちの役目」で、このバベルの塔は、「その長い影のなかに潜んでいる」のだと言います。だから「全部が崩れる前にバベルを清算して、あるべき太陽との関係を取り戻さなくてはならない」のだそうです。
バベルを清算しようとするカラス女と、バベルを作った「俺の祖父(水の民)」の攻防戦に、いやおうもなく巻き込まれていく「俺」と「謎の少女」。
そして終盤、ついに明らかにされる「バベルの塔が伸長するための源となる力」……この設定には、思わず「ひでーな……」と脱力せざるを得ませんでしたが(笑)、いやむしろ「救い」なのでしょうか? でも……力を結集して伸びた先がこのバベルの塔なら……それもまた大いなる「××」でしかないような……(ネタバレは嫌なので、この「××」に何が入るかが気になる方は、本を読んで確かめて下さい)。
すごく面白い幻想小説でした。読んでも、なんのタメにもならなかったけど(笑)。でも、「アクが強い女性」と「俺」のこの後の関係がどうなるのかとか、「俺」の書き続ける小説はどうなるのかとか、気になることがたくさん残っているので……「ぜひ続編をお願いします!」みなさんも読んでみて下さい☆