『戦時下のウクライナを歩く (光文社新書 1264)』2023/7/20
岡野 直 (著)
兵器による攻撃で破壊された街、失われた日常……ウクライナに生きる人々は何を思うのか。現地を歩いて、見て、聞いた、市民による〝戦い〟の記録で、主な内容は次の通りです。
第1章:立ち上がる人、逃れる人
第2章:占領下の町で何があったのか
第3章:消滅した50万人都市
第4章:文化と言語をめぐる戦い
第5章:ボランティアが支える市民生活
第6章:戦争の前線に立つ市民
第7章:キーウの豊かな生活の裏で
第8章:市民が語るゼレンスキー大統領
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「まえがき」は、次の文章で始まります。
「人の背丈ほどに深く掘られた塹壕が、ヘビのようにうねうねと走る。その近くに「どくろ」の描かれた看板が並ぶ。どくろは「地雷に注意」のマーク。塹壕は敵から隠れるため、1カ所や2カ所ではない。ウクライナの首都のキーウの住宅街は、戦の跡が今も点在している――。
これは、キーウで目撃した光景だ。」
……この本は、ジャーナリストの岡野さんが実際に現地を歩き、ウクライナの人々の本音に耳を傾けて綴ったものです。次のように書いてありました。
「そのための「武器」はロシア語だ。私は新聞社で記者の仕事をしながら、趣味でロシア語の勉強を続け、退職後にはロシア語通訳の国家資格も取得した。通訳として日本ではウクライナ難民の支援もしている。」
……ウクライナにロシアが軍事侵攻していることは、みなさんご存じの通りですが、「第1章:立ち上がる人、逃れる人」には、戦争の開始された状況について、次のように簡潔にまとめられていました。
「2022年2月24日、ウクライナは北、東、南の3方向からロシアに侵略された。
ロシアの兵力は総計十数万人、北部では隣国ベラルーシなどから首都キーウの占拠を目指してロシア軍が南下し、大統領府が狙われた。日本に喩えるならば、首相官邸のある東京に向けて、日本に敵対的な国の軍が、東京湾から着上陸してきたようなものだ。
ウクライナの南部方面では、すでに2014年にロシアが一方的に併合したクリミア半島にロシア軍基地があり、そこから軍が北上。また、東部方面にはウクライナ・ドンバス地方のドネツク州とルハンスク州の内部に、ロシアが後ろ盾となって「独立」を一方的に承認した親ロシア派の「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」があった。」
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ロシア(プーチン大統領)が突然ウクライナへ侵攻を始めたとき、「いったい何のためなのか?」が、まったく分からず混乱してしまいましたが、多くのウクライナ人もそう感じたようです。
そして今では、多くのウクライナ人は次のように思っているようです。
「プーチン大統領の戦争目的は、ロシアの歴史観、文化、言語、政治体制を押しつけることだ。ウクライナ国家、民族を滅亡させ、ロシアの意のままになる世界を作ろうとしている。そのためには無抵抗の民間人を殺したり、拷問したりすることをいとわない。」
……おそらく、この通りなのでしょう。平和な民主主義国家の日本に住んでいると、政府というものは、国民の生活を守ってくれるものと考えがちですが、「国民は為政者に奉仕するもの」「侵略地域からはすべてを搾取できるもの」と考える国もあることに、あらためて気づかされました。
この侵攻が始まったとき、混乱した状況のなかで、多くのウクライナ市民は自主的に防衛活動に参加したそうです。即席の「空港防衛隊」に参加した人(その後すぐにロシア兵と銃撃戦になった)、防衛活動をする人々に食事を提供する人など……その一方で、徴兵年齢の男性でも国外へ出ようとした人が意外に多かったそうです。
これらの人々のリアルな活動や意見に、ウクライナの厳しい現状をまざまざと知ることができました。
TVのニュース映像では、ウクライナの人々が「地下壕」に避難して攻撃から逃れていましたが、これらはなんと「軍事国家・ソ連時代に作られた避難壕などの“遺産”」だったそうです。それが今はウクライナ市民を助けている……複雑な国家関係が、ここにも表れています。
そして「第2章:占領下の町で何があったのか」では、次のように、さらに過酷な現実を知ることが出来ました。
「(前略)ロシアがすでに占拠していた地域は広く、ウクライナの北部、南部、東部の一部ではロシアによる住民の虐殺や拉致、尋問が始まった。
中でも、北部キーウ近郊のブチャ市では民間人の大虐殺が起きた。」
「ヘルソン州で、バトゥーリン記者が収容されたような「拷問施設」は20カ所以上見つかっている。」
ジャーナリスト、政治家や公務員、教員などが拉致され拷問されています。
また3月中旬になると、ロシアの占領軍は物資不足に陥って、村人の家々を訪れては物を盗むようになったようです。
「両軍が多くのドローン兵器を飛ばし、敵が隠れている場所を見つけたり、攻撃したりしているのは、これまでの武力戦争とは異なるこの戦争の大きな特徴だ。ドローン兵器は安価なので、両国とも大量に投入している。」
また、「第5章:ボランティアが支える市民生活」では、市役所が機能していないので、ボランティアが専用のバンで物資を配っている現状について書いてありました。政治家や公務員が拘束・拷問されている状況では、市役所は機能できなくて当然ですよね……。
そして「第7章:キーウの豊かな生活の裏で」では、市民の頑張りで、表面的には落ち着いているように見えるキーウの日常も、実は「自家発電機」が支えていることが書いてありました。
「(前略)キーウのレストラン街を歩くと、店の発電機のモーター音があちらこちらで響き、工場の中にいるみたいだった。不気味な賑やかさが街を覆っていた。」
……キーウでは大型スーパー、レストラン、病院などが自家発電機で営業を続けているそうです。
……こういうことが日本で起こったら……と考えると戦慄してしまいます。地震や洪水など、毎年のように戦争並みの大災害に襲われる日本人として、街の瓦礫化への対応には慣れているような気がしていましたが……やはり人間(戦争)の方が、地震や洪水よりも、はるかに恐ろしいと痛感させられました。
そして最後の「第8章:市民が語るゼレンスキー大統領」にあった、あるウクライナ女性の言葉も印象に残りました……。
「これだけのウクライナ人が死んで、『はい、ロシアと和平を結びました。クリミア半島は奪還できませんでした。』ですみますか? 大統領には最後まで戦ってほしい。」
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『戦時下のウクライナを歩く』……地下壕での避難生活、ロシア軍による拉致・監禁、自宅近くに落ちるミサイル……徹底抗戦を続けるウクライナの人々は、何を感じて日々をどう暮らしているのか、戦時下で生きる人々のリアルな姿を紹介してくれる本で、いろいろなことを考えさせられました。とても貴重な本だと思います。みなさんも、ぜひ読んでみてください。
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