『映画で学ぶジャーナリズム: 社会を支える報道のしくみ』2023/8/21
別府 三奈子 (編集), 飯田 裕美子 (編集), 水野 剛也 (編集)
報道記者の仕事が描かれた映画を糸口として、報道職が果たしている機能や意義を多角的に検討していく本で、主な内容は次の通りです。(【】内が映画名です)
はじめに――現場で働く記者たちの姿にふれる
I 小さな声を拾い上げる
Theme 1 社会問題の可視化【スポットライト 世紀のスクープ】[別府三奈子]
Theme 2 弱い声を束ねる【シー・セッド その名を暴け】[飯田裕美子]
II 隠された事を伝える
Theme 3 知る権利に奉仕する【ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書】[別府三奈子]
Theme 4 社会に警鐘を鳴らす【チャイナ・シンドローム】[松下峻也]
Theme 5 権力の暴走を告発する【シチズンフォー スノーデンの暴露】[佐幸信介]
III 災害と事件事故
Theme 6 地域情報の生命線【神戸新聞の7日間 阪神・淡路大震災から15年~命と向き合った被災記者たちの闘い~】[西 栄一]
Theme 7 命と向き合う【クライマーズ・ハイ】[飯田裕美子]
IV 見方を変える
Theme 8 多角的な視点の提供【FAKE】[水野剛也]
Theme 9 判断材料を共有する【アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち】[松原妙華]
Theme 10 声なき声の記録【ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳】[別府三奈子]
V 歪まない社会のために
Theme 11 情報操作を止める【タクシー運転手 約束は海を越えて】[ファン・ギュンミン]
Theme 12 未来への教訓【日本人はなぜ戦争へと向かったのか】[水野剛也]
VI 現場からのメッセージ ジャーナリストの仕事の意味[大門小百合]
Theme 1は「社会問題の可視化」。【スポットライト 世紀のスクープ】という映画とともに、この問題について考えていきます。【スポットライト 世紀のスクープ】は、カトリック教会が、何年も神父による児童虐待を容認していたという問題を取り上げた映画で、ジャーナリストの果たす重要な役割をあらためて痛感させられました。次のように書いてありました。
「(前略)社会的な問題は、その発生や存在を知らなければ、解決の動きは始まらない。問題解決のための最初の扉をあける鍵を、ジャーナリズムを担う人びとだけがもっていることがある。」
「Theme 2 弱い声を束ねる」の映画【シー・セッド その名を暴け】(大物映画プロデューサーのセクハラ問題)と同様に、【スポットライト 世紀のスクープ】も性的虐待を含む虐待を扱っていますが、加害側が権力者や組織で、これまで社会的・組織的に隠蔽されてきた問題を明るみに出すことは、抵抗勢力からの強い圧力に負けない強い意志が必要だと思います。それでも、このような問題を「問題」として社会に提起することが出来るのは、ジャーナリストだけなのかもしれません。ここには、次のように書いてありました。
「(前略)問題の根源を暴くタイプの大型の調査報道は、個々の記者たちの能力と熱意は不可欠だが、調査の意義を認める組織としての姿勢や資金力、ジャーナリズムの専門的な仕事の価値を認めて取材に協力する人びと、ジャーナリズムの良い仕事に対して購読料や視聴料を払う人びと、いずれもが必要なのである。」
「真実を書く勇気、辛い現実さえ明るみに出す勇気がいる。(中略)権力を持つ機関や人間にも、責任を課すべき、ということだ。それを追求するのが、報道機関の仕事だ。」
……まったく、その通りだと思います。
そして「Theme 3 知る権利に奉仕する」では、ベトナム戦争に関する機密文書流出の公表問題を扱った【ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書】が紹介され、次のように書いてありました。
「ジャーナリズムは、人びとの権利を守る仕事をしている。この考え方の背景には、政治や経済活動などで決定権をもつ人たちの力が大きく、時としてその力は暴走するという歴史的な教訓がある。人びとがより良い判断をし、社会づくりに参加するためには、誰もが判断材料を適時入手する必要がある。(中略)ジャーナリストは、正確な記録とその公表によって、権力の乱用を食い止め、正しい判断材料をもとに私たちが意見する権利を守っているのである。」
また、本書には13のコラムもあり、そのうちの「3 調査報道の実際――「ペンタゴン文書」と「パナマ文書」を比べてみよう」には、「パナマ文書」について次のように書いてありました。
「パナマ文書はパナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」の内部資料でした。(中略)
タックスヘイブンの最大のうまみ、匿名会社――のはずが、ある日、匿名会社の責任者を記した書類が大量流出しました。それが「パナマ文書」です。文書を詳細に分析すると、各国の首脳とその周辺、ビジネスエリート、犯罪者、著名人が匿名会社を設立していたことがわかりました。(中略)
パナマ文書は、デジタル技術で管理されました。データ量は2.6テラバイト、文書数にして1150万通にのぼり、紙にプリントすればトラック数十台でようやく運べる量です。(中略)デジタルデータだからこそ、中にどんな名前があるか検索してみつけることができます。なにより、デジタルデータだから、パナマ文書プロジェクトに参加する全世界80か国の400人近い記者がインターネットを通じ、内容を共有できました。(中略)
世界100のメディアが最初から「連合チーム」となりました。文書をシェアするだけでなく、取材計画、取材結果、報道予定の原稿もシェア、なんでもシェアし、抜け駆け厳禁がプロジェクトのおきてなのです。(中略)
記者たちのこの連帯感の基礎は、「市民のために尽くす」者どうしとしてのお互いへの敬意でもあります。」
……ジャーナリストたちが協力して社会問題の解決を推進していく……とても素晴らしいことですね!
またコラム「4 ジャーナリズムの記録とアーカイブ」には、次のように書いてありました。
「アーカイブというしくみが可能にしているのは、一つの出来事をめぐる異なる時代の記録を、互いに関連づけながら見返すことでもあります。それは、ともすれば社会が「忘却」している記憶を、歴史への問いとともに想起する試みといえるでしょう。」
……蓄積され続けているデジタル化された記録が、社会を良くするために、どんどん活用されるべきだと思います。
そして最後の「VI 現場からのメッセージ ジャーナリストの仕事の意味」には、次のように書いてありました。
「現在起きている社会問題を報道することで解決への糸口を探る、災害時の緊急情報を必要な人びとに届ける、気候変動、核の問題や戦争など未来の危険を防ぐための発信など、ジャーナリズムには、大きな社会的役割があると思っています。」
……ジャーナリストの果たす社会的役割が、とても大きなものであることを教えてくれる本でした。そしてジャーナリストは時にはとても危険なこともある仕事なので、私たち一人ひとりが彼らを支えることで、社会をより正しい方向へ進めていく必要があるのだと思います。
とても参考になり、考えさせられる本でした。この他にも、「監視システムや企業の不正の内部告発」、「災害報道」、「情報操作」、「フェイクニュース」など、さまざまなテーマでジャーナリズムの役割が紹介されています。みなさんも、ぜひ読んでみてください。お勧めです☆
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