『ソロモンの指環―動物行動学入門 (ハヤカワ文庫NF)』1998/3/1
コンラート ローレンツ (著), Konrad Lorenz (原著), 日高 敏隆 (翻訳)

「刷り込み」などの理論で著名なノーベル賞受賞の動物行動学者ローレンツさんが、けものや鳥、魚たちの生態を、ユーモアとシンパシーあふれる筆致で描いたエッセイ集。鳥や魚など身近な動物たちの生態が活き活きと描かれているとともに、その行動を、愛情をこめて観察しているローレンツさんの姿もユーモラスに描かれていて、すごく楽しく学ぶことが出来る本です☆
 さて、ある時、ローレンツさんはハイイロガンの卵が孵る時に、卵から外へ出るのを見守っていました。孵化したハイイロガンは頭をすごしかしげ、大きな黒い目をあげて彼をじっとみつめてから、首を下げて何かをしゃべりました。その時、ローレンツさんは彼女を見返して、不用意に何か言ってしまったそうです。そうしたことで、ローレンツさんは彼女の親になることを引き受けてしまうことになりました。ローレンツさんは、本当はハイイロガンの子を、ガチョウに育てさせようと考えていたのに……。
 これが「刷り込み」。今では良く知られているので、動物学者としては「うかつ」な行動のように思いますが、実は、ローレンツさんによる研究で、一般にも知られるようになった現象だそうです。
 ところで、タイトルの『ソロモンの指輪』とは、旧約聖書に出てくるソロモン王がけものや鳥や魚たちと話すために使った魔法の指輪です。ソロモン王はこの指輪を使ってあらゆる動物と語り合えたそうですが、指輪なしにはまったく語り合えなかったとか。それに対して、ローレンツさんは、自分の知っている動物となら魔法の指輪なしでも話が出来るから、その点でソロモン王より一枚うわてだと言います。
 実は私も、よく観察している時、生き物の気持ちがなんとなく分かるような気がすることがあります。生きるために食べて飲んで眠る仕組みが一緒だからでしょうか。言葉の通じない外人の気持ちが、なんとなく分かるような感じで……(汗)。それでも、とてもローレンツさんの真似は出来ません。ネズミや鳥やサルを家の中で放し飼いにしていて、幼い子供が危険だからと、自分の子どもの方を安全のために檻に保護するとか……そんなのアリですか(涙&笑)。
 すごく興味深かったのは、コクマルガラスが敵に対する反応として生まれつきもっている反応で、黒いだらりとした、あるいはぶるぶる震えているものを運ぶ生き物を攻撃するという反応。ローレンツさんが一羽のコクマルガラスをなにげなく手に取った時、いつもは仲良しのコクマルガラスに急にひどく攻撃されて、すごく驚いたそうです。同じような反応が、ローレンツさんがポケットから黒い水泳パンツを出した時にまで起こったそうで、それで、この反応が盲目的で反射的な行動だと気づいたそうですが、まわりじゅうのコクマルガラスにくちばしで攻撃されたのだとか。
 これは仲間のヒナを守るための盲目的反応のようですが、このような「本能」は生まれつき脳細胞に刻み込まれているのでしょうか? そして「刷り込み」は真新しい脳細胞に刻み込まれるのでしょうか? また、これらの行動が「より合理的なはずの行動」に優先するように見えるのは、脳内の「優先行動」領域に刻み込まれるからなのでしょうか? 読んでいるうちに、色んな疑問がわいてきて知的好奇心を刺激されました。
 ところで、動物行動学というのは、すごく楽しい学問のように思えますが、研究は注意をもって行わなければ、間違った結論を出してしまう危険性もはらんでいるようです。
 例えばローレンツさんがハイイロガンの行動を観察していたときのこと、「場所を変えよう」というガンの気分声を人間が真似して、ガンたちをついて来させることが出来るのですが、それをやり過ぎると、ガンたちは疲れてしまって、この声に注意を払わなくなってしまうそうです。このような「消去学習」の過ちを避けるためには、人間の性急さを捨てて、「けもののような鈍重さ」を身につけなければならないようです。
 また鳩や鹿というのは、とても優しそうに見える生き物ですが、実は残忍なところもあるという観察結果もあります。自然学者は、思い込みにとらわれず、勝手な想像をしないで研究しないといけないとローレンツさんは言います。
 その他にも、アクアリウムの作り方、動物の飼い方へのアドバイスなど参考になる話、動物に関する笑い話もたくさんあります。とても楽しい「動物行動学入門書」です☆
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