『脳はどのように学ぶのか: 教育×神経科学からのヒント (学術選書 109)』2023/5/8
乾 信之 (著)

 子どもも大人も経験と学習で脳は変わります。ヒトの脳が学習効率を上げるには、注意・能動性・フィードバック・睡眠の4つの機能と、それらを最大限発揮する時期の組み合わせがポイント……幼児教育から生涯学習まで、21世紀の教育を「脳」の観点から提案している本です。
 例えば「指をよく使うと頭が良くなる」という俗説は、大筋で間違っていないそうです。「第I部 学習とは何か」には、次のような記述がありました。
「(前略)最も近い過去の動作に伴う感覚経験や運動学習によって、体性感覚野と運動野における身体各部の皮膚と骨格筋に再現地図が容易に変化することが明らかになっている。さらに、このことは生涯を通じて発現することも強調されている。」
 また神経系には可塑性があり、身体に傷害が発生すると、それを補おうとするようです。次のように書いてありました。
「一般に、ある機能と神経路または神経回路は一対一対応であるが、その神経路または神経回路が機能しなくなると、それまで働いてこなかった経路や回路が動き始める。さらに、新たに神経路を形成(発芽)することもある。このような神経系の可塑性は特別支援教育や身体障害者のリハビリテーションの有効性を裏づけるものである。」
 そして運動の学習と記憶としては……
「体力トレーニングはその時間に正比例して効果がみられるが、ある一定の水準まで達すると頭打ちになり、トレーニングを怠れば元に戻り、筋力や持続力は記憶されない。一方、運動スキルはすでに述べたように段階的に向上していく。運動スキルの練習は神経系の働きに基づいて記憶されているので、習得後に練習をしなくとも、パフォーマンスはあまり低下しない。」
 ……など、学習と脳の関係について、さまざまなことを知ることが出来ました。
 そして「第II部 学習の五本柱」では、「注意」「能動性」「フィードバック」「睡眠」「敏感期(学習に最適な時期)」の五つのテーマごとに、脳の観点から考察しています。
 ここでは「子どもには「ゆったりとした時間」が必要」という次のような話が心に残りました。
・「(前略)能動的な身の回りへの働きかけを通して、自分を取り巻く世界を知り、いろいろな物に手で触れ、目で観察し、自分なりの仕方で物事を組み立て、組み替え、目の前にないものを想像できるようになる。目的も計画もない時間の中で、子どもは友達と遊び、他者との関わり方を養っていく。少なくとも、学齢期に達するまではゆったりとした時間を体感することが人間の発達にとって必須である。」
・「(前略)少なくとも小学校低学年ぐらいまでは直接経験を重視した教育内容を中心に据えなければ、子どもたちの認識は砂上の楼閣となり、様々な病理現象が表出することが容易に予想される。」
 ……子どもたちには、周囲の世界とかかわり合いながら自ら手探りで学んでいくための「ゆったりした時間」を与えてあげることが大切なようです。また「第III部 発達と学習」によると、親子の「ふれあい」が自立と学習を促すのだとか。
 この他にも、次のような話がとても参考になりました。
・「覚えることとテストを交互に行うことが学習効果をもたらす理由として、フィードバックによる誤差の修正の上に、「学習と学習の間に間を取る」ことが学習を促進すると考えられている。」
・「最適な記憶をもたらす手続きは、最初は毎日復習し、その後一週間、一カ月、一年経って情報を見直すことだ。」
・「(前略)運動学習と同様に認知学習においても、ランダム学習はブロック学習よりも学習を促進する。(注:ある課題に習熟してから次の課題に移るのがブロック学習、同じ課題を続けて学習しないようにするのがランダム学習)」
・「(前略)睡眠は外部環境からの刺激の消失に伴って生じる受動的な状態ではなく、脳が脳自体と体のメインテナンスのために積極的に生み出した活動だ。」
・「(前略)学習の定着には睡眠中に進むシナプスの刈り込みがおそらく関係している。睡眠中に脳はその日の活動で最も目立った情報を記憶に書き込み、残りは捨てているらしい。脳は大きさも処理能力も限られており、シナプスが増える一方だと、すぐに限界に達し、新たな学習ができなくなる。したがって、学習すればするほど、シナプスを刈り込み、情報に優先順位をつけるために、睡眠の必要性が高まるのだ。
 睡眠と同様に、学習の後の休息も学習を促進することが報告されている。」
 ……脳にとっては「不要なシナプスを刈り込む」ことはとても重要なようで、前頭前野の灰白質密度のピーク(シナプス増加)は12歳で、それ以降は灰白質が減少していくのですが、これはシナプスの刈り込みによるもので、それによって脳が「成熟」していくようです。
 この他にも、西洋的なスキル学習(例:ピアノの練習)が、習得の容易なものから難しいものへと段階的に配列されているのに対して、日本的なスキル学習(例:日本舞踊の稽古)は、最初から全体を体験させることで、学習者が自ら「考える」よう促している、などの学習方法の違いを知り、とても興味深く感じました。
『脳はどのように学ぶのか: 教育×神経科学からのヒント』……学ぶ人、教える人の両方に役に立つ内容が多く、しかも神経科学的な知見や心理学的実験に基づいたものなので、とても説得力があったように思います。専門的な話が多いので、読むのはちょっと大変ですが、興味のある方はぜひ読んでみてください。お勧めです☆
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