『DEEP LIFE 海底下生命圏 生命存在の限界はどこにあるのか (ブルーバックス)』2023/5/18
稲垣 史生 (著)

 これまで生命が存在しないと思われていた「海底地下の世界」。しかし、そこには地上を超える豊かな「生命圏」が広がっていた……海底下の掘削調査で採取された「地質コア試料」などの分析を通して「海底下生命圏」を詳しく解説してくれる本です(冒頭のカラー写真で、地球深部探査船「ちきゅう」や、堆積物コアなども見ることが出来ます)。
 エネルギー(酸素、硝酸、硫酸)の少ない海底下でも、微生物はなんとか生き延びようとするようです。次のように書いてありました。
「(前略)微生物たちは、競争をやめ、共存共栄のための方法を模索し始めます。まず、異なる種類の微生物同士でパートナーシップを結び、生きていくために必要なことを分担します。さらに、パートナーシップを結んだ微生物たちが集まり、コミュニティ・ネットワークを形成することで、効率化を図ります。限りなく無駄をなくし、栄養や酸化物質が少ない環境でも平和に生きていけるようにするのです。」
 なんと酸素の代わりに、マンガンや鉄など、地層に含まれる金属を使うこともあるそうです。
「(前略)究極的には、二酸化炭素や堆積物や岩石から発生する微量の電子やイオンなど、地層に存在する物質を少しずつ利用しながら、地表の世界では考えられないような「エコ」な生活に突入します。」
 ……生物のしぶとさって凄いですね!
 この本では、海洋科学掘削で得られたサンプルなどの分析で明らかになってきた「海底下に生きる微生物」について、科学的に詳しく解説してもらえます。
 まず遺伝子の分析から分かってきたことは……
「(前略)海底下から検出された微生物の遺伝子系統は、大腸菌や納豆菌、放線菌、乳酸菌など、私たちが知っている地表の微生物の系統とは遠く離れた、性状が未知の微生物系統ばかりであったのです。これは、太陽の光が届かない海底下の過酷な環境に暮らす微生物たちが、エネルギー豊かな地表の微生物や、人間の腸内細菌などのように高等生物と共生する微生物たちとは大きく異なり、生命が誕生してから約40億年以上もの間、地下の世界に適応し、独自の進化を遂げてきた生命であることを物語っています。」
 そしてサンプルから検出された微生物種の調査から分かってきたことは……
「(前略)有機物の供給元である海洋や陸などの条件が異なると、そこに暮らす微生物の種類や組成も変わってくること、そして、同じような環境条件では、たとえ数千キロはなれた場所であっても、同じような系統の微生物たちが存在していることを示しています。」
 さらにメタゲノム分析からは……
「(前略)海底下の堆積物に暮らす微生物たちは、陸や海水などの表層世界に暮らす微生物とはゲノム進化的にも生理・生化学的にも異なる進化を遂げた生命であり、深海底のさらにその下は、新しい遺伝子資源の宝庫であるという側面を持っていることがわかりました。」
(※メタゲノム分析:解読された遺伝子断片をつなぎ合わせ、遺伝子データベースに登録されている既知の配列や遺伝子機能と比較すること。)
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 海底下2466メートルという大深度にまで生命圏は存在し、さらには、なんと堆積物の下の玄武岩の中にも生命圏が存在しているなど、「(前略)外洋の好気的堆積物環境には生命圏の限界は存在せず、どこにでも微生物がいることを示しています。」なのだとか!
 そして日本の近海での調査についても、詳しく紹介されていました。
下北八戸沖石炭層生命圏での調査では、生命多様性がドラスティックに変化していたのですが、それは過去に堆積物が形成された環境や、地質学的なダイナミクス(変動)と関係しているようなのです。次のように書いてありました。
「下北八戸沖から掘削された堆積物コアサンプルに含まれる微生物群構造の変化は、「森林・湿原土壌→干潟・湖沼→海岸の砂浜→深海」といった堆積環境の変化の歴史と統計的に非常に良い相関を持っていることがわかりました。(中略)
海底下2000メートル付近で確認された石炭層に存在する微生物たちは、約2000万年前の森の生態系に由来し、深海底に埋没した現在もなお「海底下の森」としての生態系の機能を維持している可能性があります。」
 ……プレート変動で押されている日本列島の近海では、そんな過去の地質学的変動を実際に確認できるんですね!
『DEEP LIFE 海底下生命圏』が、意外にもとても豊かだということを教えてくれる本でした。次のように書いてありました。
「(前略)地球の全海底堆積物に存在するバクテリアおよびアーキアの種数は、それぞれ、およそ3万~250万種、8000~60万種であると推定されました。
 驚くべきことに、海底下生命圏に生息する微生物の種数は、表層土壌や海水中など、地球の表層生命圏に生息する全微生物種数の推定値と同程度であったのです。」
 ……深海底のようなエネルギーが極少の環境でも、生き延びている生命が意外にたくさんいることを知って、なんとなくホッとしました(笑)。これから温暖化が進んで地表の生命が激減していっても、あるいは再び氷河期が訪れて地球が凍りついてしまっても、地底や海底でなんとか生き延びている生命が、しぶとく進化して新たな時代を築いてくれることでしょう(頼むぜ!)。
 とても面白くて勉強にもなる本なので、みなさんもぜひ読んでみてください☆
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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