『奇跡のフォント 教科書が読めない子どもを知って―UDデジタル教科書体 開発物語』2023/3/23
高田 裕美 (著)

 足掛け8年。教育現場で大活躍しているフォント(UDデジタル教科書体)を作った書体デザイナーの情熱の物語。読み書き障害でも読みやすいフォントが生まれるまでのノンフィクションです。
 UDデジタル教科書体は、健常者だけでなく、ロービジョンやディスレクシアの子どもにとっても「見やすく、読みやすく、間違えにくく、伝わりやすいこと」を目指して作られた教科書体だそうです。
 ロービジョン(弱視)は、景色がぼやけて見える、視野の一部が欠ける、眩しく感じる症状です。
 ディスレクシア(発達性読み書き障害)は、現在のところ原因は明らかではありませんが、脳の音韻処理を司る機能に障害があると考えられていて、知能レベルには問題がないことが多く、会話はできるし内容も理解できますが、会話を文字にすることや文字を読み上げることに大きな苦労を伴う症状のようです。
 そしてUDは、ユニバーサルデザインのこと。文化・言語・国籍・年齢・性別・能力などの違いを問わず、より多くの人々が利用できるデザインです。
 さて、高田さんは女子美術大学短期大学グラフィックデザイン科卒業後、ビットマップフォントの草分けである林隆男氏が創立したタイプバンクに入社。書体デザイナーとして活躍し、読み書き障害でも読みやすいフォントなど多くの人にとって使いやすいフォントの開発に奮闘し、さまざまな障害を乗り越えてUDデジタル教科書体をつくり上げたのですが、本書ではその経緯を詳しく知ることが出来ます。
 ……教育現場や教材に使われている「フォント」は、関係者がこんなに苦労して創りあげてきたものだったんですね。次のように書いてありました。
「日本の書体デザインは、文字数が多いのが特徴の一つです。一つの書体を完成させるのに、数人のチームで取り掛かって2年ほどの期間がかかることもザラでした。」
 ……高田さんが入社したタイプバンクでは、「お年寄りでも読みやすく、表示パネルから離れた人でも読みやすい書体が欲しい」という電車の車内ディスプレイに使うフォント開発を依頼されたことをきっかけに、オリジナルのユニバーサルデザインフォント(TBUDフォントシリーズ)を開発し、お年寄りでも読みやすい「太い線」などさまざまな工夫を行ったそうです。
 このような「読みやすいフォント開発」をしているときに、実際に、ロービジョン者の視界を疑似体験できるゴーグルで視力検査カードを読んだことがあり、高田さんは「見えづらさ」には、文字の大きさや形だけでなく、色や光の強さも強くかかわっていることを実感したそうで、ロービジョンの子どもたちを支援している現場からの切実な要望も聞いたのだとか。
 子どもによっては、筆を押し付けた形状、先端のとがった形状、線の太さの強弱が大きい、線の終わり(終筆)の三角形が気になるなど、さまざまな「ストレスを感じる部分」があるという話は、私にも、まったく想像もつかないことでした。次のように書いてありました。
「こうしたヒアリングの結果から、UDデジタル教科書体は、「はね」や「はらい」といった文字の運筆の特徴は残しながら、視覚過敏の子どもたちがストレスを感じないように先端が丸みを帯びたデザインに仕上げています。」
 ……こうしてロービジョン研究の専門家・中村先生、博報堂、タイプバンクの3者で、UDフォントの研究が開始されたそうです。次のように書いてありました。
「(前略)これらの問題点の解消のために、ある程度の太さを保ちながらも、運筆(字を書くときの文字の運び方)がわかるように線の太さに少し強弱をつけ、字形も教科書体に沿った書体とする。
 これが、UDデジタル教科書体が目指すデザインのゴールになります。
 そしてUDデジタル教科書体を教育現場で使ってもらうためには、文部科学省が告示している学習指導要領に準拠する必要があります。」
「通常、和文フォントを完成させるためには、1書体あたり小さな文字セット(フォントとして纏めるための文字の集合)でも9300文字ほど制作する必要があります。さらに、歴史書や専門書を含む書籍に使う書体の場合は、2万3000文字以上の文字セットで制作しなければなりません。」
 ……現場からの要望を受けて試行錯誤をしていった結果、ついにTBUDフォントは完成したのですが、なんとタイプバンクが経営難に陥ってしまい、国内フォント市場トップの最大手フォントメーカーの株式会社モリサワへ売却されることになってしまったのです。
 それでもUDデジタル教科書体はなんとか続けられていたのですが、モリサワの他の仕事との兼ね合いで、2012年、UDデジタル教科書体の開発は中断される事態に陥りました。どうやらUDデジタル教科書体の対象の、「教育分野」「ロービジョンの子どもたち」というターゲットが明確すぎて、需要が少ないのではと判断されたようなのです。それでも高田さんが会社の上層部に直談判するなど努力の結果、開発が再開。2016年に障害者差別解消法が施行されたことも追い風になって、2016年、ついにUDデジタル教科書体がリリースされたそうです。……うーん……フォントの開発って大変なんですね……。
 さて、リリースしてみると、幸い、需要はとても大きかったのだとか。しかもロービジョンの子どもたちを対象に開発されたUDデジタル教科書体は、ディスレクシアの子どもへの「読みやすさ実証実験」でも、「読みやすい」という結果が出たそうです。次のように書いてありました。
「こうした結果をうけて、ロービジョンやディスレクシアの子どものみならず、通常学級の子どもたちにとっても、UDデジタル教科書体は読みやすいことが、確かなエビデンスによって確認されたのです。」
「UDデジタル教科書体は、読みやすさ、学びやすさ、教えやすさといった機能にこだわって開発された唯一無二のフォントです。」
 ……まさに、その通りですね!
 ただし、人の見え方や好みは多様なので、どんな場合でも最高というフォントはなく、「書体デザインの分野だけでなく、教育現場においても「唯一無二の正しい字形」というものは存在しない」のです。
 そして高田さんは、これからは認知脳科学などの知見を活かしたフォント開発も考えているようです。次のように書いてありました。
「今、とても関心があるのが、ニューロダイバーシティの考え方や認知脳科学の分野です。」
「同じ「文字が読めない」でも、ぼやけが強くて読めない子、眼がうまく動かせない子、光に過敏な子、形がうまく捉えられない子、語彙の弱さから意味が認識できない子など、原因はそれぞれ全く違うわけです。(中略)だから文字を読むときに、子どもたちの頭の中で一体何が起こっているのか。その科学的知見を踏まえながら、今までの書体デザインの経験を活かして、新しい書体デザインの経験を活かして、新しい書体のデザインをディレクションできたらいいなと考えています。
 また、フォントのユニバーサルデザインを発展させるためには、書体だけでなく、文字の使われ方(組版)や文字を表示させるための技術(テクノロジー)についても考える必要があります。」
 ……今後のご活躍を期待したいと思います☆
 Windowsに搭載され、教育現場や教材に使われている「UDデジタル教科書体」の開発経緯や、書体デザイナーの仕事について、具体的に詳しく知ることが出来る本でした。とても参考になり、読み応えがあるので、みなさんもぜひ読んでみてください☆
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