『第1感 (光文社未来ライブラリー)』2022/4/12
マルコム・グラッドウェル (著), 沢田博 (翻訳), 阿部尚美 (翻訳)

 なぜ、さまざまな科学的検査で本物と鑑定された古代ギリシャ彫刻を、何人かは見た瞬間に贋作だと見抜けたのか? あるベテランのテニスコーチはいかにして、選手のサーブ直前にダブルフォールトになることを見抜いているのか? 多くの実験や取材から、「ひらめき(第1感)」の力の謎に迫っている本で、内容は次の通りです。
プロローグ
第1章 「輪切り」の力 ちょっとの情報で本質をつかむ
第2章 無意識の扉の奥 理由はわからない、「でも感じる」
第3章 見た目の罠 第一印象は経験と環境から生まれる
第4章 瞬時の判断力 論理的思考が洞察力を損なう
第5章 プロの勘と大衆の反応 無意識の選択は説明できない
第6章 心を読む力 無意識を訓練する
エピローグ
著者による後記
謝辞
訳者あとがき
原注
    *
 本書で紹介される事例や実験を通して、一瞬のうちに「これだ!」と思ったり、説明できないけど「なんか変」と感じたりすること(第1感)は、意外に使えるものだということを感じました。
 なお、本書の原題は「Blink=ひらめき」ですが、本書では、五感の優越を前提とし理屈を超えた感覚を意味する「第六感」という日本語の言葉を参考に、「第1感」としたそうです(第1感=五感を優越する感覚)。日本語では「ひらめき」というと、「何か新しいアイデアを思いつく」という印象が強いですが、本書で伝えようとしているイメージは、むしろ言葉にできない「第六感」の方に近いようで、「第1感」というのは優れた造語のように感じました。
 とても面白かったのが、「第4章 瞬時の判断力 論理的思考が洞察力を損なう」で紹介されていた米軍のミレニアム・チャレンジ演習(2000年夏から)の顛末。史上最強の知的リソースを与えられた青チームと、従来通りの泥臭い赤チームとの戦闘演習の事例で、そのごく一部を紹介すると、次のようなもの。
「(前略)ミレニアム・チャレンジではただ二つの軍隊が戦っただけではなく、対立する軍事哲学が衝突したのだ。青チームは敵の思惑や能力を体系的に理解するために、データベースや表や方法論を用意した。対立する赤チームを指揮したのは、彼らと正反対で、だらしなく勘だけが頼りの長髪のトレーダーに共感をおぼえ、彼らが大声で注文をさばき、毎日いくつもの判断を次々に下していくのを見て、自分と同じだと思うような男だ。」
 ……実はこの演習、上層部の予想(期待)に反して、最初は赤チームが圧勝してしまったのです。
「ポール・バン・ライパー率いる赤チームは青チームより頭と運がよかったからペルシャ湾で勝てたのではない。重圧にさらされた動きの速い状況で、瞬時の認知によっていかに正しい判断を下せるかどうかは、訓練のルールとリハーサルで決まる。」
「(赤チームの部下へ伝えたことは、)全体的な指示や作戦の目的は私を含む指揮官が伝えるが、戦場に出た部隊は上からの細かい指示を当てにするな、ということだ。前線の部隊はみずからの責任で、頭を使って前に進まなければならない。だから赤チームの空軍司令官も、この原則に従って青チームを殲滅すべく、自分なりの作戦を考えて実行した。」
 ……もっとも上層部は、この結果(赤チーム勝利)が気に入らなかったようで、その後、(青チームに有利になるように?)続戦が行われ、演習自体は青チーム勝利で終わったようですが……。
 また、クック・カウンティ病院で行われた心臓発作を予測するための実験では、「情報過多が判断の邪魔をする」ことが示されました。
「複雑な現象の下に隠れているサインを見つけるには、少しのことが分かればよいのだ。必要な情報は心電図、血圧、肺の水、不安定狭心症の痛みだけだ。」
「実は余計な情報はただ無用なだけでなく、有害でもある。問題をややこしくするからだ。心臓発作を予測しようとして医者が誤るのは、たくさんの情報を検討しすぎるからだ。」
 看護師や消防士についての研究でも、同様のことが書いてありました。
「(前略)専門家は判断を下すとき、あらゆる代案を論理的かつ体系的に比べているわけではないというものだった。判断はそんなふうに下すものだと教えられるが、実際にはそれでは時間がかかりすぎる。クラインが調査した看護師や消防士は経験と直感、そして頭の中での大雑把なシミュレーションをもとに、瞬時に状況を見極めて行動していた。」
 ここで得られた二つの教訓は、1)正しく判断するには熟考と直感的な思考のバランスが必要、2)優れた判断には情報の節約が欠かせない、だそうです……なるほど。
 そして末尾の「著者による後記」には、本書の概要とともに、「第1感」の鍛え方、使い方のキモが次のように書いてありました。
「いざというときにあやまたず、かつ本能的に動けるのは長く真摯な学習と経験を重ねていればこそだ。」
「私たちはどんな場合に、「第1感」を信じ、どんな場合に熟考を重ねればいいのか。(中略)選択肢が少ない場合は、よく考えたほうがいい。しかし選択肢が多くて困るときは、意識下の判断に頼るのがベストかもしれない。(中略)
 これは完全な答えではない。この問いに完全無欠な答えを出すことは、どんな人にも不可能だ。なにしろ、ことは複雑すぎる。私たちにできるのは、意識的な熟慮と無意識の判断の最適なミックスをケース・バイ・ケースで見つけることだけだ。」
 ……訓練された専門家の「第1感」は使える確率がそれなりに高いようですが、失敗することももちろんあり、使いこなすのは結構難しいようです。失敗例も多数紹介されていました。
 それでも「第1感」に偏見が入り込むのを防ぐための方法も、「エピローグ」に書いてありました。多くの交響楽団では、審査での偏見の影響を避けるため、「仕切り」越しのオーディションを行うようになっているようです。これは素晴らしい方法だと感じました。公正さが上がったことの証拠なのか、女性が選ばれる確率が、それまでよりもぐんと上がったそうです。アメリカでは肌の色による不公平さも大問題のようですが、裁判や採用面接なども、このような「仕切り」越しに行った方がいいのかもしれません。
 さまざまな事例・実験を通じて、「第1感(ひらめき)」の謎を深く考察している本でした。興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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