『孤独なバッタが群れるとき 『バッタを倒しにアフリカへ』エピソード1 (光文社新書)』2022/5/17
前野 ウルド 浩太郎 (著)

 大人気の面白本『バッタを倒しにアフリカへ』の著者の前野さんが、その前の「エピソード1」を描いた本で、バッタ博士になろうかどうか思い悩みつつ、修業に明け暮れた頃の話です。青春の日々を、ひたすらバッタだけを見つめることに捧げた青年の研究生活を、ユーモアたっぷりに紹介してくれます。笑いながら読んでいるうちに、バッタの生態や昆虫研究者の実態も学べます☆
 前野さんの研究対象はサバクトビバッタ。一匹一匹はおとなしいようですが、たまに恐ろしいほどの巨大群れとなって、甚大な被害をもたらしているようです。次のようなことが書いてありました。
「(サバクトビバッタは)通常時は三〇ヵ国ほどに分布しているが、大発生時にはサバクトビバッタによる被害は六〇ヵ国にわたり、それは地球上の陸地面積のじつに二〇パーセントにも及ぶ。群れの大きさは、大小あるが巨大な群れは五〇〇キロメートルは途切れることなく空を覆うことがあるそうだ。桁は決して間違っていない。ゆうに東京全域を覆い尽くす大きさだ。バッタの群れに巻き込まれると三メートル先が見えなくなってしまうらしい。羨ましい限りだ。(後略)」
 ……えええ! 東京全域を覆い尽くすバッタの群れ……怖すぎる……。
 日本では農業被害をもたらす昆虫というと「イナゴ」の方が有名のような気がしますが、実はバッタとイナゴは、ほとんど同じような昆虫のようです。「一般的に、バッタとイナゴは、相変異を示すか示さないかで区別されている。」と書いてありました。この「相変異」というのは、状況によって色や大きさが変わることのようで、次のように書いてありました。
「(ロシアの昆虫学者)ウバロフ卿は、一九二一年、普段目にする緑色のトノサマバッタこそが悪魔の正体だという驚くべき説を発表した。共同研究者の中央アジア昆虫研究所のプロトニコフ所長の実験によると、複数のトノサマバッタの幼虫を一つの容器に押し込めて飼育すると、あの黒い悪魔に豹変するというのだ。ウバロフ卿は、その変身は「混み合い」すなわちバッタ同士が互いに一緒にいることが引き金になっていることを突き止めた。」
 本書のタイトル『孤独なバッタが群れるとき』は、まさにそれがテーマで、孤独相では緑色のサバクトビバッタが、群生相では黒くなる謎について、さまざまな角度からみっちり調べ上げていく様子が描かれていくのです。
 口絵ではそれらのバッタのカラー写真も見ることが出来ますし、随所でバッタの白黒写真が出てくるので、バッタ好きには最高に楽しい本だと思いますが……虫が嫌いな方には絶対にお勧めできない本です……。
 サバクトビバッタの生態を調べるため、さまざまな実験をしまくり、論文を読みまくり、疑問に感じたことは、どうやったら解明できるかを考え、仮説を立て、観察や実験で分析・検証していきます。例えば、次のようなことが分かってきました。
・バッタは体内のホルモンを巧みに操ることでダイナミックな変身を遂げていることがわかってきた。
・(サバクトビバッタの)小さい子を単独で飼育するともっとも孤独相的になり、大きい子を集団飼育するともっとも群生相的になる。
・サバクトビバッタはもっとも信頼のおける接触情報を触覚で読みとり、その情報に応じて卵の大きさを迅速かつ柔軟に変化させている。
・メスの触覚は単なる物理的刺激には反応せず、オス成虫の体表の化学物質に反応しているらしい。
・夜光塗料を使った実験で、サバクトビバッタが大きな卵を産むためには、混み合いと脳で感受した光(頭部上部が光る)が必要であることがわかった。
・幼若ホルモンJHは産卵間隔に影響して卵のサイズを間接的に小型化するが、卵のサイズそのものの制御には関係していない。
 ……などなど。これを、どのように実験で解明していったかを詳しく知ることができるのです。
 また「バッタが典型的な黒い悪魔になるためには数世代かけて悪魔の血が濃くなる必要があると言われてきた(相蓄積)」という定説に疑問を感じて詳細な実験を行い、「相の変化は数世代かけずとも一世代で完了することが可能」ということも明らかにしてもいます。
 これらのエピソードは生物学の研究をしている人にとって、とても参考になると思います。
 また「孤独相が薄茶色、群生相が黒い幼虫を生産するトノサマバッタの群生相由来の大きな卵を、糸で縛って小さくしたら体色の薄い幼虫が出てきたという研究」に触発され、同様のことがサバクトビバッタでも起こるのかを検証した結果、胚は卵黄の量(または質)に応じて孵化時の体色を決定しているらしいということが分かったそうですが……昆虫学者の人々って、本当にいろんな実験をしているんですね! 驚きです(苦笑)。
 この本は、このようにとても「真摯な昆虫研究」を、ユーモアにくるんで紹介してくれるのです。
 本書の「コラム」には、前野さんが大学生の時、弘前大学の大学祭で昆虫研が店名「虫まみれ」を開店し、「イナゴクッキー」と「イナゴチョコ」を販売した時の話が書いてありました。イナゴチョコは女性に飛ぶように売れたそうですが、調子に乗って売りまくっている後ろでは、しばしば悲鳴が聞こえたとか(笑)。
 後で水泳部員の女性に「さっきのチョコに虫入ってたんですけどぉ、やめてくださいよぉ、しかも、ちょっと美味しかったし……(笑)」と言われたそうで……乙女たちはイナゴをイチゴと勘違いしたそうです(ふふっ、やっぱり、そうか)。
 このエピソードは、まさにこの本にも当てはまります! ユーモアというチョコにくるまれて、中身は「虫まみれ」。しかも、ちょっと美味しいのです。
 面白くて勉強(サバクトビバッタの生態の勉強ですが……)にもなるという意味で、ちょっと美味しいユーモア昆虫エッセイ集。興味のある方は、ぜひ読んでみてください☆
(ちなみに表紙のタイトル脇の、頭に葉っぱのついた縦長の何かは、前野さんのコスプレです(笑)。巻末の「著者近影」で大きい写真が見られます。どこまでもユーモア溢れるサービス精神に脱帽です!)
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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