『イギリス海上覇権の盛衰 上-シーパワーの形成と発展』2020/8/6
ポール・ケネディ (著), 山本 文史 (翻訳)
『イギリス海上覇権の盛衰 下-パクス・ブリタニカの終焉』2020/8/6
ポール・ケネディ (著), 山本 文史 (翻訳)
オランダ、フランス、スペインとの闘争に勝利、植民地拡大・産業革命を経て絶頂期を迎えるイギリス海軍の興亡と衰退を、政治・経済の推移と併せて詳細な史料から描き出す歴史・戦略論の名著です。
前半では、ヘンリー七世の時代に原型が生まれた王室艦隊(ザ・ロイヤルネービー)が、苦難を抱えつつも、いかに興隆していったかが詳細に語られていきます。イギリスは次のような勝利のレシピを見つけたのです。
「(前略)イギリスは、長期に渡る世界強国となるためのレシピを見つけたのだ。自国の商業力と海軍力を育み、それと同時に、ヨーロッパのパワー・バランスを自ら図る、といいうのが、そのレシピである。」
強大な海軍力で海上を制したイギリスは、陸上についても、ヨーロッパ大陸の中に「大国をつくらせない」よう積極的に働きかけることでパワー・バランスを保ってきたのだとか……さすがですね。
そして「第五章 フランスとの闘争、ふたたび(一七九三―一八一五年)」には、次の記述がありました。
「(前略)イギリスが海軍覇権国として興隆していく中にあって、フランス革命戦争とナポレオン戦争は、それまでで最大の試練であった。そのような中において、イギリス人は、海上覇権国として成功するための前提条件を、ふたたび確認したのであった。その前提条件とは、健全な経済、洗練された金融制度、商業における進取の気性と独創性、政治の安定、強力な海軍である。最後の項目は、どうやら、それ以外の項目がうまくいかなければ、機能することはないようであった。」
こうしてイギリスは、「第六章 パクス・ブリタニカ(一八一五―五九年)」という絶頂期を迎えます。
でも……そんなイギリスも「盛者必衰」の理からは逃れられなかったようで、海上覇権には翳りが見えてきます。この本の後半では、二度の世界大戦を経て、軍艦建造費の増大、経済的逼迫により衰退の道をたどっていったことが描かれています。
皮肉にもイギリスを発端とする産業革命後の世界的な技術力の向上が、イギリスの海上覇権を縮退させていくのでした。
例えば、もともとはイギリスの発明品だった「鉄道」のおかげで、貨物の輸送が水上よりも陸上を通す方が容易になったために、「シーパワー」より「ランドパワー」が重要になってきたこと。さらにはドイツのUボート(潜水艦)、航空機(エアパワー)、そして原子爆弾(原子力兵器)……戦争の形態や勝因がどんどん変わっていったのです。
この本では、第二次世界大戦では勝者側のはずのイギリスが、「戦争で得たものより失ったものの方が多かった」だけでなく、「イギリスが独り立ちした国家としての地位を失った」と語っていますが、第二次世界大戦の敗者側の日本人としては、納得しがたい気がします。でも次の記述には、思わず「うーん、確かに……」と感じてしまいました。
「(前略)イギリスの状況は、商業や産業がほとんど失われてしまった日本、ドイツ、その他の国々と比べるなら、比べることができないほどにましなものだったのである。戦争がイギリスに与えた影響だけを述べるならば、イギリスよりもひどい被害を被った国々が、その後、経済的に繁栄を遂げる一方で、イギリスがそうなっていないという事実に、説明がつかないのである。」
……そして、この本の「終章」は、「すべての人間の営みには、「栄枯盛衰」がつきものなのだ。」で終わっています。
「イギリス海上覇権の盛衰 シーパワーの形成と発展」とともに、ヨーロッパや世界のパワー・バランスの変遷をじっくり読むことが出来る本で、とても興味深く、勉強にもなりました。
ところでイギリスというと最近は、「ブレグジット(英国のEU離脱)」のことがとても気になります。この本の中でも言われているように、イギリスは海上覇権だけでなく、ヨーロッパのパワー・バランスにも積極的に介入してきた歴史があります。そういう意味で、EUからの離脱は悪手ではないかと懸念していましたし、「ブレグジット」が決まるまでの経緯にも、民主主義の欠点が露出された感じがして残念に思っていました。
でも、この本を読んだことで、あらためて考えてみると、イギリスと日本の地理的立場がとても似ていること(大陸に近い島国)に気がつきました。
すると……歴史的にみて、日本はアジア大陸とは、ほぼずっと「一定の距離感」を保ってきています。多くの国が争うことでパワー・バランスを保ってきたヨーロッパ大陸と、大国の中国が支配してきたアジア大陸とでは、もちろん状況がまったく違いますが、EUによって「平和的にパワー・バランスが保たれている」現在のヨーロッパ大陸は、ある意味、アジア大陸と同じような状況にあると考えるなら……日本と同じような戦略(積極的介入ではなく一定の距離感を保つ)をとる方が、イギリスにとって有利な状況になっているのかも……と思えてきました。しかもイギリスには、盟友のアメリカやオーストラリア、カナダなど、世界中に組むべき相手がいるのです。アメリカと同盟関係にある日本も、その一員とも言えるでしょう(かつては日英同盟を結んでいましたし)。
いずれにせよ、外交巧者のイギリスは、この困難な状況も巧みに切り抜けていくのでしょう。そして日本も、少なくとも今後しばらくの間は、EUともイギリスとも友好関係を保っていけると思います。
イギリス海上覇権の盛衰を中心に、ヨーロッパや世界のパワー・バランスの変遷を学べる素晴らしい本でした。日英同盟の経緯について、イギリス側の視点から読めるのも興味深かったです。
1976年に発行された本で、いまや古典とも言えるのかもしれませんが、日本語に翻訳されるのは、なんとこれが最初だそうです。しかもこの本には、英語の2017年版に加えられた「原著者まえがき」も付いています。21世紀に入ってからの状況、特に米中関係について詳しく述べているもので、これもとても参考になりました。
とても読み応えのある素晴らしい歴史・戦略論です。ぜひ読んでみてください。お勧めです☆
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