『地下世界をめぐる冒険 闇に隠された人類史』2020/8/26
ウィル・ハント (著), 棚橋 志行 (翻訳)

 ニューヨークの地下鉄、パリの地下納骨堂、アボリジニの聖地、カッパドキアの地下都市、マヤ人洞窟……地下世界を徹底的に現地調査しながら、地下と人間の精神との関係を深く考察している本で、内容(目次)は次の通りです。
第1章 地下へ――隠されたニューヨーク
第2章 横断――パリの地下納骨堂
第3章 地球深部の微生物――NASAの野望
第4章 赤黄土を掘る鉱夫たち――アボリジニの聖域
第5章 穴を掘る人々――もぐら男とカッパドキア
第6章 迷う――方向感覚の喪失が生む力
第7章 ピレネー山脈の野牛像――旧石器時代のルネサンス
第8章 暗闇――「創世記」の闇と意識変容
第9章 儀式――雨を求め地下に下りたマヤ人
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 目次を見ても分かるように、ニューヨークの地下から始まった旅は、パリの地下道横断、さらに鉱山、カッパドキア、ピレネー山脈など世界中へと広がっていきました。
 著者のハントさんは、16歳の夏、自宅近くの地下に廃棄された列車用のトンネルがあることを知り、数人の友人とそこへ潜ってみました。あとで地図で確認したところ、なんとそのトンネルは彼の家のほぼ真下を通っていたのだとか!
 その後、ハントさんはニューヨークの地下鉄を待っている時に、トンネルの暗闇から出てきた二人の若者(都市探検家)と出会い、地下歩きにどんどんハマっていったようです。
 この本はハントさんが実際に地下を歩きまくった体験をドキュメンタリーとして描いているので、描写や感情表現がすごくリアルです。ニューヨークの地下鉄トンネルでは疾走する地下鉄の轟音を感じ、パリの地下納骨堂では下水を流れる匂いすら感じさせてくれます。
 正直に言って「知らない世界」には興味津々ですが、地下(特に下水の流れる地下)には暗闇だけでなく黴菌などの危険性への不安を強く感じてしまうので、自分で体験する気にはなれません(汗)。それでもこの本を読むと、「地下を歩く・そこで生きる」って、こんな感じなんだ……と生々しいほどリアルに想像できてしまいます。地下世界を舞台としたファンタジーなどを書こうと思っている方にとっては、最高の参考文献になると思います。
 例えば、地下で仲間とはぐれ、道に迷ったときのことは、こんなふうに描かれていました。
「長い時間、離れ離れになっていたわけではない――せいぜい二、三分のことだ。しかし、そんな短い時間とはいえ、自分がどこまで来たか見当がつかず、前にいた地点とのつながりがさっぱりわからないという完全な抜錨状態を経験した。世界から切り離され、足が地面を離れて空中を落下していく心地がした。私が感じたのはかならずしもパニックではなく、焼けつくような鋭敏さだった。チクチクする感じで感覚が目覚め、現在に没頭し、それまで五感をすり抜けていたわずかな匂いや音や空気の揺らぎにも敏感になる、アンフェタミンを摂取したような覚醒感だった。皮膚の感覚までが鋭くなり、毛穴から世界を吸収しているかのようだった。」
 また「暗闇での覚醒」、「感覚遮断による幻覚」を体験してみようと、暗闇で24時間を過ごしてみたときのことは、こんな感じ。
「最初、暗闇にはそれほどショックを受けなかった。夜遅い時間になじみのない部屋で目を覚まし、目が慣れるのを待つのとそんなに変わらない気がした。(中略)ガラスのような心の静けさを感じた。胡坐をかいて背中をまっすぐ伸ばし、暗闇に目を凝らす。しばらく呼吸を整えると、自分から考えが剥離していくのを感じ、何日でも座っていられるのではないかと思った。
 瞬きをしたとき、すべてが変わった。目をしばたたかせても、瞬きした証拠が全く感知できない。瞬きという行為は感じられた。筋肉がピクッと動き、まぶたが下りて、上下の睫毛がわずかに触れ合い、まぶたが上がる。だが、なんの結果も感知できない。身体と脳の意思疎通ができていない感じがした。嵐で送電線が落ちてしまったかのように。」
 世界中の暗闇地下世界を歩き回った体験をリアルに描いたドキュメンタリーです。この他にも、「地下深部の微生物世界」や「穴掘り動物」、「神話や創世の物語」、「儀式」など、地下にまつわるさまざまなことが紹介されています。地下世界に興味のある方は、ぜひ一度、読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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