『世界は幾何学で作られている』2020/8/27
アミーア アレクサンダー (著), 松浦 俊輔 (翻訳)
幾何学は、王の権威を絶対とする秩序や現代の都市統治を形成してきた……幾何学が美術や造園、さらには都市計画にいかに影響を与えてきたかを考察している歴史の本です。
『世界は幾何学で作られている』というタイトルだったので、数学の本だとばかり思っていたのですが、数学の本というよりは歴史の本、それも主に「フランス庭園」の歴史本でした。
西洋では、幾何学は、普遍的な真理や秩序を表すものだと思われているのだそうです。
「(哲学者プラトンの)対話論では、幾何学は普遍的な真理の世界へ至る並ぶもののない道筋を提供していると論じている。プラトンによれば、私たちがその感覚を通じて知っている物理的な世界は、永久不変の「形相」からなる「本物」の世界の、淡く移ろいやすい影にすぎない。幾何学は、自明の前提から始まり、厳密で論理に従った推論を通じて進め、間違った、どうでもよい、仮そめのものをすべて捨て、私たちに永遠の形相に至る真理を残す。」
「一五世紀には、フィレンツェの博学の士、レオン・バッティスタ・アルベルティは、この世界には幾何学的秩序が浸透していると唱え、適切な絵や建築に至る鍵は、この隠れた構造を明らかにすることだと論じた。一六世紀には、ドイツ領ポーランドの天文学者、ニクラウス・コペルニクスが、幾何学を天の世界に拡張し、この太陽中心の体系の方が伝統的な地球中心の考え方よりも幾何学的に優れているから、それが正しい体系だと論じた。」
さらに科学者ガリレオ・ガリレイ、天文学者ヨハネス・ケプラー、科学者ニュートン……幾何学は数理的法則をどんどん発展させていったのです。そして、それは社会も変えていきました。
「(前略)この世界がとことん幾何学的になったとき、姿を変えられるのは物理的な物体だけでなくなり、人間の生み出したもの、つまり社会、政治制度、国家も変わった。それは避けられなかったらしい。幾何学が宇宙で最も深い秩序なら、最強にして最も調和し、最も長持ちする社会的配置、つまり真の適切な配置は、幾何学モデルに沿ったものだということになる。」
この本は、幾何学的宇宙が社会や政治的風景を、どう形成したかを語っています。
「(一五世紀初頭の)フィレンツェの画家や学者によって明らかにされた透視図法の法則の発見は、空間そのものの幾何学的構造を明らかにし、人間のその中での位置についての考え方を変容させた。」
そして幾何学に社会的・政治的な力があることを人々は認識し、「王宮や庭園は幾何学的ユートピア、つまりそれぞれのものや人が、神に与えられ、王の許へ至らざるをえない厳格な階層の中の位置を占める完璧な世界となった。」そうです。
その頂点となるヴェルサイユの見事な庭園は、パリやウィーン、マニラ、さらにはワシントンDCの都市計画にまで、強い影響を与えることになりました。
……なるほど、幾何学的に構成されたフランス庭園は、世界の中心が王宮に、権力が国王にあることを、人々に明確に見せつけるものだったんですね……。
でも……個人的には、庭園は、手入れされた「自然」が美しい日本庭園こそが至高だと思っているので、その対極にあるイメージのフランス庭園、自然を「人工」的にねじ伏せた感じがする美しい庭園は、あまり好きではありません。「不変的な幾何学的秩序」を見せたいなら、人工物で構成した方がいいのでは? とすら思ってしまいます。作り物の植物で構成しておけば成長しないので刈り込む必要もなく、ドローン散水などで定期的に汚れを落とすだけでいいから、メンテナンス・コストも大幅に削減できますし……でも、それだと所有者の「強権」を感じさせられないかもしれませんね(笑)。
そもそも「変化」は、幾何学的秩序を重んじる「王権(階層社会)」とは相性が悪いんだなーと痛感させられる本でした。人々に「強い権力」を見せつける「フランス庭園」と、その精神を受け継ぐ「中心となる建築物のある幾何学的都市計画」は、畏怖を感じさせる美しさはあっても、柔軟に変化しにくいという欠点がありそうです。
実を言うと今までは、節操もなく変化し続ける日本の都市に、計画性のなさ(+美観のなさ)を感じなくもなかったのですが……「変化」を愛する私にとっては、季節の変化が美しい日本の庭園同様、アメーバのような日本の都市こそ「人間社会の現実に合っているもの」だったのだと、再評価させられました。(汗……この感想は、この本の主旨とはかけ離れてしまうものだとは分かっていますが……)
「幾何学」が近代物理学を可能にしただけでなく、近代国家や近代世界を可能にしたことを考察している本でした。面白い視点から近代社会を見つめ直していて、とても興味深かったです。近代の歴史、特に「フランス庭園や王政」に興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
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