『不確かな医学 (TEDブックス)』2018/1/16
シッダールタ・ムカジー (著), 野中大輔 (翻訳)

 医学はそもそも科学だろうか?
 医学は、「不確かなもの」をもとに判断する力が必要だということを教えてくれる本です。
 かつて若き研修医だったムカジーさんは、その後の医師人生を変える1冊、ルイス・トマス著『医学は何ができるか』に出会って、普遍的な「医学の法則」を探し始めます。
 この『医学は何ができるか』は、ルイス・トマスさんが研修医として過ごした1930年代の話を書いたエッセイ集。実は、その頃まで医学は、「1930年代以前は、完治はおろかある程度以上効果のある治療法を見つけるのにも苦労していました。」という状況にあったのだとか。そして1930年頃から、新しい医学の基礎が築かれ始め、1940年代になると病態生理学が打ち立てられ、科学的な原理に基づいた医療処理が出来るようになってきたのです。
『医学は何ができるか』を読んでムカジーさんは、「医学はそもそも科学だろうか?」という疑問を持ちました。科学には法則がある、ならば医学全体に適用できる規則や原理があるのだろうか?
 こうしてムカジーさんは医学の基本原則について考え始め、次の三つの法則を見出したそうです。
法則1 鋭い直感は信頼性の低い検査にまさる
法則2 正常値からは規則がわかり、異常値からは法則がわかる
法則3 どんなに完全な医療検査にも人間のバイアスはついてまわる
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 法則1では、原因不明の体重減少と疲労に悩む裕福な男性が、さまざまな検査の結果、最終的にHIVだと判明したエピソードが語られます。これを読んで、私自身がいままで抱いてきた「病院では何故たくさんの検査を受けなければならないのか」への疑問(や不満)が、ようやく解けました。患者にすべての検査を受けさせるわけにはいかないので、医師は患者の状態から「最も確率の高い疾患」を予測して、その検査をします。しかも実はその検査結果には、常に「正しくない結果が出る」確率がかなりあるそうなのです。だから「事前の推論がなければ検査結果を評価できない」のだとか。
「どんな医学の検査にも擬陽性と偽陰性があることを頭に入れておく必要があります。(中略)大事なのは、患者が病気にかかっている可能性(リスク)を事前に算出することなく検査したら、擬陽性と偽陰性のせいで正確な診断が難しくなるということです。」
 ……うーん、そうだったんですか。たくさんの検査、必要なんですね……。
 そして法則2では、ブラーエの惑星モデルでは説明できない火星の動き(異常値)を詳しく研究したケプラーさんが「惑星の軌道は楕円だ」ということに気づいた例をあげ、医学界でも同じように「まれにしか効かない薬が、たまたま効くのはなぜなのか?」というアプローチが成果をあげた例を知ることが出来ました。
 さらに法則3では、「どんな医療にも必ず人間のバイアスは忍び込む」ことが語られます。薬の臨床試験でも、患者の治療効果を優先させたため試験途中で条件を変えてしまったことがあり、そのことが臨床試験結果を歪めてしまった例などが紹介されていました。
「医学にも、ハイゼンベルクの不確定性原理にあたるものがあります。患者を試験に参加させたら必然的に患者の精神状態を変えることになり、したがって試験自体も変わってしまうという現象です。被験者を測るための手段が被験者の性質を変えてしまうのです。」
 現状を見ると、医学は現在もまだ混沌とした「発展途上」にあるようです。でも、個人的には、今後はどんどん「より良い治療が出来る」方向へと向かっているのだと期待もしています。なぜなら「遺伝子」の解明が進むことで、医学分野でも薬や治療法の改良を飛躍的に進めることが出来そうに感じているからです。
 それでも当分の間はまだ、「不完全な情報をもとにした不完全な判断」は避けられないのでしょう。
 この本の最初のエピソードで、優秀な医師が研修医に語った言葉が心に残りました。
「完全な情報をもとに完璧な判断を下すのは簡単だ。医学では、不完全な情報で完璧な判断を下すことが求められるんだ。」
 この状況、「複雑系」を相手にする、すべての科学にあてはまりそうな気がします。私自身も「不完全な情報でも、可能な限り有効な手を打つ(完璧な判断を下せるよう)努力する」ことを常に心がけたいと思います。
 医学や科学について深く考えさせてくれる本でした。ぜひ読んでみてください。お勧めです☆
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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