『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』2018/2/2
新井 紀子 (著)
東大合格を目指すAI「東ロボくん」の育ての親の新井さんが、AIの可能性と限界、そして現在の日本は「教科書の文章を正しく理解できない中高生が多い」という心配な状況にあることを教えてくれる本です。
まずAIの可能性について。AI「東ロボくん」は初挑戦(2013年)の代々木ゼミナールの第1回全国センター模試では、5教科7科目900点満点の得点が387点(全国平均459.5)でしたが、3年後の2016年には、5教科8科目900点満点の得点は522点(全国平均437.8)と、「東大は無理だけど、MARCHなら入れそう」なレベルまで至ったそうです。
……凄いじゃない、と思ってしまいましたが、過熱するAIブームの前で、新井さんはとても冷静に「シンギュラリティ(AIの進化が人間のそれを上回るという「技術的特異点」)が到来することはない」と断言します。
「AIはいくらそれが複雑になっても、現状より遥かに優れたディープラーニングによるソフトウェアが搭載されても、所詮、コンピューターに過ぎません。コンピューターは計算機ですから、できることは計算だけです。計算するということは、認識や事象を数式に置き換えるということです。つまり、「真の意味でのAI」が人間と同等の知能を得るには、私たちの脳が、意識無意識を問わず認識していることをすべて計算可能な数式に置き換えることができる、ということを意味します。しかし、今のところ、数学で数式に置き換えることができるのは、論理的に言えること、統計的に言えること、確率的に言えることの3つだけです。そして、私たちの認識を、すべて論理、統計、確率に還元することはできません。」
「教師ありのディープラーニングにおいて、AIは決して教師データの精度を超えることはできません。教師データの設計者が、悪意に満ちていれば、あるいは鈍感ならば、その悪意や鈍感さをAIは増幅していきます。」
だから「AI診断」などを過信したり、鵜呑みにしたりするのは危険だと警告しています。
「ディープラーニングのような統計的なシステムでは、「教師データ」に基づき過去のデータを分析して判断しているに過ぎません。「過去の判断」を踏襲するだけなのです。社会が歪んでいれば、その歪みを増幅してしまう。」
……確かに、そうですよね。なんだか最近は「AIによる機械翻訳」の精度が上がってきている実感があるし、「画像認識のうまくいった例」ばかりを見せられていると、私自身にも、「AI、凄いのかも……」という刷り込みができつつあって、「AIが診断したんだから間違いない」なんて言われたら、「ああ、そうなんですか」って納得しそうな感じがありましたが……うっかり過信しないよう、自らを戒めていこうと思います(汗)。
ところで、たとえ「シンギュラリティが来なく」ても、安心してはいられないようです。AIが出来る仕事(人間よりAIが得意な仕事)の分野はじわじわ増えていて、今後の人間は、AIが不得意な分野の仕事をしていかなければならないのです。この本には、次のような記述がありました。
「AIを導入する過程を考えると、求められる労働は、高度で知的な労働だけで、単純な労働は賃金の安い国に移動してしまうため、高度な仕事ができない人には仕事がなくなってしまうことがわかります。」
これからの日本の社会を生きる人々には、「人間にしかできないタイプの知的労働に従事する能力」が必要になっていくのですが、その能力がある人間は、実は日本人全体の20%に満たない可能性がある(!)そうです。
それが、この本のタイトル『AIvs.教科書が読めない子どもたち』の後半のテーマで、なんと、今の中高生には「教科書が読めない子」が、かなりいるそうなのです。
「第3章 教科書が読めない――全国読解力調査」では、新井さんが開発した「基礎的読解力を調査するためのリーディングスキルテスト(RST)」の調査結果が紹介されていました。それによると、なんと「高校生の半数以上が、教科書の記述の意味が理解できていない」という衝撃的な結果になったのだとか!
「「東ロボくん」のチャレンジと並行して、私は日本人の読解力についての大がかりな調査と分析を実施しました。そこでわかったのは驚愕すべき実態です。日本の中高校生の多くは、詰め込み式の教育の成果で英語の単語や世界史の年表、数学の計算などの表層的な知識は豊富かもしれませんが、中学校の歴史や理科の教科書程度の文章を正確に理解できないということがわかったのです。これは、とてもとても深刻な事態です。」
「高校生の半数以上が、教科書の記述の意味が理解できていません。これでは、8割の高校生が東ロボくんに敗れたこともうなずけます。記憶力や計算力、そして統計に基づくおおまかな判断力は、東ロボくんは多くの人より遥かに優れています。このような状況の中で、AIが今ある仕事の半分を代替する時代が間近に迫っているのです。」
ちなみに、このRSTは、「基礎読解力が高いと偏差値の高い高校に入れる」ことも明らかにしたそうです。旧帝大に一人以上進学している高校だけを選んで、RSTの能力値と旧帝大進学率を分析してみると、高い相関があったのだとか。
そして未来の社会(企業)で求められるのは、次のような人材だそうです。
「ITやAIでは代替不能な人材、意味がわかり、フレームに囚われない柔軟性があり、自ら考えて価値を生み出せるような人材」
このような人材を育てるためには、「基礎読解力」を高める努力が必要なのでしょう。
「AIと共存する社会で、多くの人々がAIにはできない仕事に従事できるような能力を身につけるための教育の喫緊の最重要課題は、中学校を卒業するまでに、中学校の教科書を読めるようにすることです。世の中には情報は溢れていますから、読解能力と意欲さえあれば、いつでもどんなことでも大抵自分で勉強できます。」
……確かに。未来の日本社会をうまく生き抜くためには、「基礎読解力」を高めることが効果的だということは間違いないと思います。ところが、残念なことに、どうすればその能力を向上させられるのかは、明確ではないのだとか。読書習慣・学習習慣・得意科目・スマホ利用時間・新聞の購読の有無・ニュースを得る媒体などとの関係を分析したそうですが、相関は見いだせなかったそうです。
それでも、「基礎読解力」を高める教育を行うための第一歩として、新井さんは次の努力を始めたそうです。
「さて、私が今目指していることは、「中学1年生全員にRSTを無償で提供し、読解の偏りや不足を科学的に診断することで、中学卒業までに全員が教科書を読めるようにして卒業させること」です。」
……とても素晴らしい試みなので、ぜひ続けて欲しいと願っています。
AI(人工知能)の現状を知ることができるとともに、AIに職場を奪われるかもしれない未来の社会を、自らの力で元気に生き抜いていける中高生を育てるために、何をすべきかを考えさせられる本でした。AIに興味のある方はもちろんのこと、教育に関係する職業についている方、お子さんを育てている方は、ぜひ読んでみてください。
* * *
なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
<Amazon商品リンク>