『心臓の科学史 -古代の「発見」から現代の最新医療まで』2016/4/25
ロブ・ダン (著), 高橋洋 (翻訳)

史上初の心臓外科手術の衝撃、カテーテル治療やバイパス手術などの開拓、心臓移植や人工心臓への長い苦闘……命の臓器をめぐる迫真のドキュメントです。
正直に言って、表紙の心臓のイラスト、『心臓の科学史 -古代の「発見」から現代の最新医療まで』というタイトルに、医学の知識以外への期待を持たずに読み始めたのですが、心臓にまつわる驚くような歴史的事実が次々明かされて、あまりの面白さに時間を忘れて読みふけってしまいました。心臓病に関するドキュメンタリーなので、かなり悲惨な出来事も多く、面白いというのは不謹慎だとは思いますが(汗)、「興味深い」という意味での驚き・面白さに満ちている本だったのです。
この本は「はじめに」で、著者のダンさんのお母さんにペースメーカーが埋められた話から始まります。お母さんは頻脈と不整脈を患っているそうですが、これはもっともありふれた心臓障害で、ほぼ誰もが人生のいずれかの時期に、少なくともこれらのどちらかを経験するそうです。こんな身近な話題から始まるこの本には、心臓に関する驚くほど歴史的・総合的な知見が網羅されていました。
「第一章 心臓手術の夜明けをもたらした酒場のけんか」では、史上初の心臓手術が1897年アメリカで行われたことを知ることが出来ます。酒場のけんかで心臓にナイフが突き刺さった男が病院に運び込まれ、その傷を縫合したことが最初の手術でした。この患者は命をとりとめただけでなく、その後、38年も生きたそうです。「魂の源泉」として手術がタブーとされてきた心臓は、こうして外科的治療の対象となりました。
でも心臓が客観的に説明されたのは、それより何千年も前のこと、紀元前2600年頃、学者のイムホテップによる古代エジプトの医学百科事典に、心臓の生物学の最初の記述がありました。それから長い年月が経ちましたが、現実に心臓に近代医学的な手術が施されたのは1897年……意外に遅かったことが分かります。
そして医師たちは、心臓の治療のために競い合ってさまざまな工夫を始めました。史上初の人間同士の心臓移植手術が行われたのは1967年。手術は成功したのですが、免疫の問題で患者は18日目に亡くなってしまいました。この頃の心臓移植は、現在から見ると、すごく荒っぽかったようで、患者さんたちは手術が成功しても、苦しんだ後に短い期間で亡くなっています(涙)。そして人工臓器に活路を見出す医師や、バイパス手術、カテーテル治療、そして免疫抑制剤の開発など、さまざまな努力が心臓医学を進歩させてきたことが、次々に描かれていきます。
……すごく読み応えがあったので、普通の『心臓の科学史』だったら、このあたりで終わっても十分な内容だと思いますが、なんといってもこの本の面白いところは、ここから。「そもそも心臓病はなぜ起こるのか?」を考えた科学者などの進化論の視点や、古代エジプトのミイラの病理学研究、果てはビックデータ解析的な視点から血管や心臓のモデルを作るなど、驚くほど多様なアプローチまで網羅されているのです。
2009年、古代エジプトのミイラのCTスキャンで、古代の人の中にもアテローム性動脈硬化を患っている人が見つけられました。それまでは現代の生活習慣病だと考えられてきたアテローム性動脈硬化という病気は、実は古代でも年齢とともに増加する傾向のある病気だったのです。
とても興味深かったのは、先天性心臓奇形のある子どもの治療を専門としていた医師のタウシグさんが、進化に照らして心臓の奇形を理解しようとしたというアプローチで、彼女は進化の視点から心臓の弱点を探ろうとしたそうです。これを読んで、今までは単なる「障害」として考えてきた「奇形」というのは、実は進化の一つの形なのかもしれないと感じました。生物は突然変異で進化してきた……この進化のメカニズムこそが「奇形」を発生させているのかもしれません。もしかしたら「奇形」の中には、地球環境が変化した時に、有利に働くものがあるのかもしれないと……。
とてもさまざまなことを考えさせてくれる本でした。科学が好きな方には、すごく興味深い話が満載だと思います。ぜひ読んでみてください。