『紙の世界史: PAPER 歴史に突き動かされた技術』2016/11/24
マーク カーランスキー (著), Mark Kurlansky (原著), 川副 智子 (翻訳)

紙はなぜ生まれ、どのように各地へ伝わり、変化を遂げていったのか……紙の世界史を詳しく教えてくれる本です。
「道具を使う」動物はいますが、「記録する」というのは人類だけの特性だそうです。人間はそのために、「石」「粘土」「蝋」などさまざまな素材を使ってきました。そして「パピルス」「羊皮紙」さらに「紙」……これらの記録媒体は私たちの思考の流れを助けるものとなり、さらに情報を保存し、他の人へと伝えるものとなっていきました。なかでも「紙」は印刷にとても適した素材だったので、活版などの印刷技術の発展とともに、他の記録媒体を圧倒していくようになったそうです。
でも、この本で著者のカーランスキーさんが伝えたいことは、「(テクノロジーが社会を変えるという一般的な認識とは逆で、)社会のほうが、社会のなかで起こる変化に対応するためにテクノロジーを発達させている。(中略)建築、ルネサンス、産業革命。いずれもが社会がそれを必要とする地点に到達したから生まれたのだ。このことはすべてのテクノロジーにあてはまる。紙の場合はとくにこのことがはっきりしている。」ということのようです。つまり「紙」があったから人間の文化が発達したのではなく、人間の文化が「紙」を必要としたときに、それを発展させていったのです。
この本では、この観点から「紙の世界史」をひも解いていきます。
例えば、古代の中央アジアで、記録媒体(紙)が必要とされた一因は、「商取引」でした。
「商取引や銀行業務はアラビア数字を使って周到に紙に記録され、紙幣と領収書が普及した。」
また「紙作り」の技術の向上には、衣類のフェルト作りや葡萄酒製造技術、水車の利用、金網作りなど、他の技術を取り込むことがとても役立ったそうです。
そして「古代の木版印刷」の例として、735年頃、日本の称徳天皇が、天然痘を国から追い払うために、(木版印刷による)経本の『陀羅尼』を一巻ずつ奉納した百万基の小さな三重の塔を作ろうとしたという事例が取り上げられていました。日本については、この他にも「和紙」に関することがたくさん掲載されています。
驚いたのは、朝鮮の王、太宗による文字の革命の話。その概要は次の通りです。
「1403年、朝鮮の王、太宗が青銅活字を作らせた。(中略)可動活字を使った印刷が始まると朝鮮人は即座に中国伝来の文字体系から離れ、二十四文字から成る効率的なシステムを開発した。1446年、勅令によって「訓民正音(ハングル文字)」と称する文字の使用が開始された。」
……ハングル文字って、「印刷しやすさ」のために作られたんですね! 「文字体系を大幅に変えてしまう」なんて、かなり強引な気もしましたが、すごく合理的な考え方なのかもしれないと驚かされました。この本に「アジア人には紙の使用の普及をうながす宗教があったように、ヨーロッパ人には、まずまず単純なわずか26の文字からなるアルファベットがあった。」という記述があるように、古代の紙の超先進国・中国には早くから金属活字を使った印刷技術はあったようですが「漢字の文字数」が多すぎて、「印刷」にはかなり苦労していたようです。そういえば韓国は現在、IT大国として成長中ですよね……その根底には、このような合理的で先進的な思想があったのかも。
そして、この可動活字による活版印刷は、「紙」の優位性を決定づけるだけでなく、世界的な普及を促し、その不足が社会問題化してしまうまでに至ります。
「いずれにせよ可動活字による活版印刷の出現は羊皮紙と紙の競い合いを終わらせた。グーテンベルクの二百部の『聖書』のうち羊皮紙に印刷された三十五部によって、紙のほうが印刷媒体として優れていることが明白になったのだ。」
紙の発見から、製紙、複写、印刷と技術は進み、宗教、経済、生活様式、芸術に至るまで、紙は人類史を作り上げる礎となっているのです。
紙の世界史を総合的・網羅的に知る上で、とても参考になった本でした。しかも、この本の一番凄いところは、実は「社会を変えるほどのテクノロジー」としての紙の歴史を教えてくれるところだと思います。現在は、「社会を変えるほどのテクノロジー」人工知能(AI)が、今後どうなっていくかが問題になっています。これを予想するためにも、『紙の世界史』は役に立つかもしれません。なぜなら「紙」と「コンピューター」は、とても似た性格をしているからです。「終章 変化し続ける世界」には。次の記述があります。
「コンピュータの歴史を振り返ればわかりますが、もともとコンピュータは計算やデータの保存という発想で生まれたもので、読み書きするための機械じゃなかったわけです。」
「(紙がはじめて使われたときも同じ)第一に必要とされたのが計算の補助機能、つぎに求められたのが情報の保存機能だった。それが人間の思考の順序、ひょっとしたら優先順位なのだろうか。」
コンピュータに地位を脅かされつつある「紙の未来」についてカーランスキーさんは次のように示唆しています。
「新たなテクノロジーは古いテクノロジーを排除するというより選択肢を増やすのだ。コンピュータはまちがいなく紙の役割を変えるだろうが、紙が消えることはけっしてない。テクノロジーの歴史はまた、ラダイト(=テクノロジー嫌いな人々)はかならず負けるということを教えてくれる。」
「ひとつの新しいテクノロジーが社会に対してなにをするかを警告することはだれにもできない。なぜなら、そのテクノロジーを導入した時点で社会はすでにつぎの段階へ移行しているから。(中略)テクノロジーは促進役にすぎない。変わるのは社会であり、社会の変化が新たな需要を生む。それが、テクノロジーが導入される理由である。導入を食い止めようとするなら、社会で起こるさまざまな変化を逆転させるしかない。印刷がプロテスタントの主教改革を生み出したのではない。改革の理念とそれを広めようとする意志が印刷機を作ったのだ。」
コンピュータによって「紙(の重要性)は激減する」と言われてきましたが、現在のところ紙は減っておらず、たとえ「電子書籍」に一部切り替わるとしても、今後も「美術」「包装」などで様々な役割を果たし続けていくことでしょう。同じように、人工知能(AI)と人間も共存共栄していけるといいなと思います。
『紙の世界史』を通して、いろいろなことを考えさせられる本でした。写真やイラストはあまりなく、460ページもあって読むのは少し大変でしたが(汗)、とても勉強になるので読んでみてください。