『500万年のオデッセイ: 人類の大拡散物語』2024/3/4
ピーター・ベルウッド (著), 河合信和 (翻訳)

 考古学、生物学、人類学、言語学の研究を統合し、アフリカの最初の人類から、大陸移動、そして農業の台頭と人口の急増まで、人類の進化の物語を詳細に紹介してくれる本です。
「第一章 オデッセイの出現」によると、ヒト属の先史時代に起こった出来事は次の4幕の連続として図式化できるそうです。
第1幕:ホモ属以前のヒト属(600万~250万年前)
第2幕:ホモ・サピエンスの化石出現前のホモ属(250万~30万年前)
第3幕:食料生産開始前のホモ・サピエンス(30万~1万2000年前)
第4幕:食料生産の時代(1万2000年前~現在まで)
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 本書は、この4幕で起こった出来事を詳しく語ってくれるのです。
「第1幕:ホモ属以前のヒト属(600万~250万年前)」では、類人猿とヒトの違いについて……
1)ヒトは二足歩行
2)ヒトは大きな脳
3)ヒトは親指を手のひらの他の4本の指に対向させられる
4)ヒトは言葉のような複雑な音声の連続を呟ける喉頭を発達させた
5)ヒトは無毛
 ……というものがあること、そして前期更新世のホモの集団は、肉か骨髄を食べるようになって得られるエネルギーが大きくなり、脳が大きくなって、石器や使用、群れの協力と食料分配、さらに移住にも成功できるようになったようです。
 続く「第2幕:ホモ・サピエンスの化石出現前のホモ属(250万~30万年前)」では、古気候の記録では、ホモ属の200万年間に氷期・間氷期の20回以上のサイクルがあったこと、氷河期の間は大陸と巨大島の周りの大陸棚が陸地になって移動できたこと、ホモ・サピエンスが石器とともに、広く世界中に移動していったことが描かれていました。
「第3幕:食料生産開始前のホモ・サピエンス(30万~1万2000年前)」では、ホモ・サピエンスの作る道具がさらに洗練されていき、移住もさらに広域化していったようです(42000年前にシベリアと中国に、38000年前に日本に、16000年前に南米大陸などに進出)。
 ここでは、日本に関する次の記述がとても興味津々でした。
・「三万八〇〇〇年前までに現生人類は日本列島に到達していた。この時期の海水準は、現在よりも八〇メートルほど低下していただろう。それが意味するのは、北の島の北海道は陸橋でサハリン島に繋がっていて、ロシアの東部のアムール川の河口近くのアジア大陸と直結していたということだ。だが日本の大半、すなわち本州、四国、九州の大きな島は、研究者に古本州島と呼ばれる単一の島を形成していた。古本州島は、北海道と朝鮮半島から、狭い海峡で隔てられていた。古本州島への最初の人類の到来は、この二つの海峡のどちらか、あるいは両方を渡って来たに違いない。最も可能性の高いのは、朝鮮半島南端と九州の間に位置する対馬を経由して南の海峡から、というものだ。」
 ……外洋航海は遅くとも三万年前頃までには行われていたようです。そして……
・「(前略)最初の移住の頃の航海手段はまだ日本では発見されていないが、一万六〇〇〇年前頃に土器製作が始まった日本考古学で言う縄文時代には、この長期間に一六〇隻もの驚くほどの数の丸木舟が製作された。(中略)先史時代人にとって日本は、狩猟と採集で得られる食料源に富んだ落葉樹と常緑樹の森におおわれた土地だった。」
・「ただ残念なことに日本列島は、現生人類の居住した記録に関する限り一つの問題を抱えている。北海道と(現本州と四国、九州を合わせた)古本州には万を超える考古遺跡があるが、そこからは旧石器時代人の骨格と頭蓋の化石が見つかっていない(本州の唯一の旧石器人骨として、根堅遺跡の「浜北人」骨が出土している)。理由の一部は、ほとんど洞窟が無く、ヒトの骨がうまく残らないからだ。」
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 この後、最初のアメリカ人は日本起源なのかもしれないと書いているのですが、その理由として、北米で見つかっている石器は日本の石器と類似性があること、日本は当時人口が多く航海技術もあったことなどをあげています。ただし残念ながら日本の旧石器時代人の化石が見つかっていないので、遺伝学的には証明できないようでした。
 そしていよいよ「第4幕:食料生産の時代(1万2000年前~現在まで)」。
「紀元前九七〇〇年頃に始まった完新世の栽培植物と食料生産の勃興は、人類に大きな変化を強制した。食料供給の増加は、増えた人口数と高まった人口密度をもたらし、最終的に今日の世界が養わなければならない八〇億人に達した。」
 この章では、人間の食料生産が、過去一万一七〇〇年間の温暖で気候の安定した間に起こったこと、古代の栽培種の最初の場所は、中東の肥沃な三日月地帯、東アジア、メソアメリカ、中央アンデスなどで始まったと推測されることなどが書いてありました。
 とても参考になったのが、古代人類の移動の歴史を推定するのに、考古学や遺伝学だけでなく言語学が役に立つことを知ったこと。次のように書いてありました。
「言語には、考古学と古代DNAを上回る一つの有益な長所がある。それら言語は、語族内にパッケージされており、これらの集団話者の過去の移動について膨大な量の情報を抱えている。現生の話者集団は、多くは数千、数万によって話された、切れ切れの断片としてではなく、全体を記録できる完全な言語を使うので、語族は納得いく形で決められる。語族はまた、その歴史を復元するためにも比較できる。(中略)
 さらにすべての語族は、もう一つ重要な特徴を持つ。祖語から共に受け継いだ文法と語彙のおかげで、語族内に分類されている言語の語族内の位置づけが明瞭であるのが通常だということだ。」
 ……例えば、新石器文化拡大範囲と重なり合う分布域をもつ今日のヨーロッパの唯一の語族はインド・ヨーロッパ語族だとか、英語の言語的な根はゲルマン語だがフランス語などからの借用語も交じっているなどの事例が書いてありました。それを考えると、確かに言語学は、その語族の文化を教えてくれるとともに、世界とどのように関わりあっていたのかを示唆してくれそうです。
 また、日本に稲作を行う人々が移住してきたことも書いてありました。
「(前略)日本列島には完新世の大半の時期、縄文文化集団――一部土着の植物の栽培をしていたが、主に狩猟と採集で生活していた旧石器的な技術を持った先住民族が住んでいた。現代日本人(北海道の非和人であるアイヌを除く)の祖先と考えられている人々の弥生文化は、紀元前一〇〇〇年紀初期に朝鮮半島から九州島に持ち込まれた。それと共に灌漑された稲作も渡来した。稲作は、イネの耐寒性温帯品種が中国で開発された後の紀元前一三〇〇年頃に朝鮮半島に導入された。その後、稲作は青銅器技術と機織り技術と共に日本にもたらされた。現代日本人は、主として弥生青銅器時代人を起源としているが、それでも彼らのDNAの約二〇%はそれ以前の縄文文化集団と共有している。」
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『500万年のオデッセイ: 人類の大拡散物語』。500万年前から現代にいたるまでの人類拡散の歴史を、最新研究の知見を交えて詳しく紹介してくれる本で、とても勉強になりました。ただし「訳者後書き」によると、本書の中で、「中国黄河近くの上陳を人類の最古の出アフリカの証拠とするのは、あまりに突飛だという気がする」などの指摘もありましたので、ぜひ「訳者後書き」もあわせて読んでください(そこで指摘されていた数個以外は、だいたい妥当な内容なようですが……)。
 かなり専門的な話も多くて読むのはちょっと大変でしたが、興味のある方はぜひ読んでみてください☆
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