『生き物の「居場所」はどう決まるか-攻める、逃げる、生き残るためのすごい知恵 (中公新書 2788)』2024/1/22
大崎 直太 (著)
世界は広いのに、それぞれの生き物が生きることができるのは、ほんの小さな場所。生き物の居場所は、なぜ決まっているのだろう? その理由についての数多くの研究を紹介してくれるだけでなく、生物学の歴史や生物論文が掲載に至るまでの経緯も教えてくれる本です。
生物の居場所(ニッチ)について、次のように書いてありました。
「(前略)ニッチが受け入れられる生き物の数には限度がある。その限度を環境収容力という。同じ種の生き物が増殖して、環境収容力に達すると競争が起こり、より環境に適した個体が勝ち残り、その子孫が繁栄する。環境に適応できなかった個体は死に絶え、子孫を残せない。この競争を生存競争と呼び、その結果引き起こされる現象が自然淘汰で、進化の最大の要因とダーウィンは考えた。
しかし、生き物の反応はそのような単純なものではなかった。生き物は高密度になると産卵数を減らして密度調節をする。さらに相変異といって、低密度のときには短い翅を持って定住的だった昆虫が高密度になると長い翅を持ち、窮屈なニッチから飛び出して別の居場所に移っていった。
同じニッチを異種間で利用しあうとき、両種の密度が低いときには共存は可能だが、密度が高くなると一方の種だけが勝ち残り環境収容力に達する。負けた種は絶滅する。」
ニッチをめぐって競争が起こり自然淘汰につながる……という説は広く受け入れられていましたが、20世紀になると野外生態学者から、競争はないという説が提起されたそうです。それによると……
「(前略)自然界では、捕食者や捕食寄生者のような天敵類の働きや、嵐や火事などの自然災害の作用により、生き物の密度は低く抑えられており、資源競争が起きるような高密度にはなりえないという。(中略)その結果、生き物の占めるニッチは天敵類から被害を少しでも軽減できる天敵不在空間という形で形成されていることを示した。」
……もしも餌の量だけが理由なら、植物を食べる生物がいるかぎり植物は食べ尽くされてしまうはずなのに、そうなってはいない(世界は植物で満ちている)ことを考えると……この説にも、なるほどと思わされました。
生き物の生き残りをかけた居場所の確保では、かつては「餌」や「配偶者」の存在などの理由が重要だと考えられてきたのですが、実は「天敵がいない」ことが何よりも大事なようです。実際に複数の島で行われた研究によると、捕食者のいない島では、植食者が異常繁殖して食べられる植物を食べ尽くしてしまったのですが、捕食者のいる島では緑豊かな植物相が維持されたのだとか。
さらに、この天敵不在空間を巡って、近縁種間で競争があることも紹介されていました。
「(前略)競争は、高密度で起きる資源競争ではなく、低密度でも起きる繁殖干渉で、本意ではなく結果的に競争が起こり、一方の種だけが、望む資源から競争排除されてしまうという結果を伴っていた。」
……調査によると、小型のチョウのオスは他種の大型のチョウのメスに求愛することがあるのですが、大型のチョウのオスは他種の小型のチョウのメスに求愛することはなく、この結果「繁殖干渉」が起こってしまうそうです。
「(前略)繁殖干渉で負けた場合、代替可能な植物があるなら、他のニッチに移って栄えることが可能だが、代替可能な植物がないときには、交尾率も落ちて、個体数の稀な種になって共存するか、絶滅しているのだろう。」
……生き物の生き残りには、いろんな戦略や理由があるんだなーと興味津々でした。
生き物、とくに昆虫(チョウ)のさまざまな生態(生き残り戦略)に関する研究について詳しく知ることが出来て、とても勉強になりました。
また研究者の方にとっては、大崎さんが投稿した論文を何度も突き返されたこと、それに果敢に対応していったことが、とても参考に(励みに)なると思います。論文が掲載できないとされて返ってきたときの「理由コメント」がすごく具体的で、その分野の専門家の査読者が、本当に真剣に読んでくれたことが分かって、たとえ拒絶されたとしても、論文投稿には価値があるなーと痛感させられました(どう修正すればいいのか、どのように追加調査すればいいのかが分かるのです)。
もっとも査読者が研究を横取りした(あるいはライバル排除を図った)(?)と思われる例や、ただの頑固者(自説に固執?)もあったようでしたが……そういうケースもあることを知ることにも価値があるかも(笑)。
『生き物の「居場所」はどう決まるか-攻める、逃げる、生き残るためのすごい知恵』……さまざまな生き物の具体例で、生き残るための巧妙な知恵を紹介してくれるだけでなく、生物学の歴史、生物学研究者の実態(研究事例や論文投稿など)も知ることが出来て勉強になる本でした。みなさんも、ぜひ読んでみてください。研究者の方には、とくにお勧めします☆
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