『量子コンピュータまるわかり (日経文庫)』2023/12/7
間瀬英之 (著), 身野良寛 (著)

 量子コンピュータで、どんなことが、どこまでできるのか、国内外の注目企業を多数取り上げてビジネス現場での最新の取り組みを紹介し、各国の政策や研究開発状況、今後の課題など、量子コンピュータについて総合的に学べる入門書で、内容は次の通りです。
第1章 量子コンピュータのインパクト
第2章 量子コンピュータを使う
第3章 量子コンピュータに取り組む企業の動き
第4章 各国の政策と標準化、特許の動向
第5章 量子ゲート方式の活用事例
第6章 量子アニーリング方式の活用事例
第7章 量子コンピュータの未来
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「第1章 量子コンピュータのインパクト」では、実用化され始めてきた量子コンピュータの事例がいくつか紹介されていました。そのうち日本のNECの例としては……
「NECグループのNECプラットフォームズとNECフォールディングは、それぞれ、生産計画立案業務の自動化・生産性向上、保守部品の配送計画の効率化に対して、同社の疑似量子アニーリングを導入しています。
 前者は、熟練作業者が毎日数時間かけて立案していた生産計画を数秒に短縮し、データの準備や人による結果確認などの付帯作業を入れても10分程度に短縮させました。電子部品をプリント基板に実装する表面実装工程を展開する4事業所で、2023年3月より本格的な運用を開始しています。」
 またリクルートグループでも……
「日本のリクルートグループでは、テレビCMの配信の最適化にディーウェーブの量子コンピュータを利用しています。」
 ……量子のとても不思議な性質を使う量子コンピュータは、凄い計算スピードが期待される一方で、博打的な危うさが心配でしたが……すでに実用化されていたんですね……驚きでした。
 この章では、量子コンピュータについて、次のように書いてありました。
「量子コンピュータを一言で表現すると、「量子力学」という物理法則を情報処理に応用したコンピュータです。量子とは、私たちの目に見えない原子以下の非常に小さな粒子(素粒子)やエネルギーの単位のことであり、例えば、電子や陽子などが挙げられます。」
 ……この量子コンピュータには、次のような量子の不思議な性質、量子重ね合わせと量子もつれが使われています。ちょっと長いですが、とても重要な部分なので、以下に抜粋紹介します。
「量子重ね合わせは、1つの量子が異なる状態を同時に持つ性質です。私たちが普段利用しているコンピュータは、0または1の古典ビットで情報を処理していますが、量子コンピュータの情報処理の単位である量子ビットでは、0と1の重ね合わせの状態を持つことができます。不思議なことに量子力学の世界では、0と1の状態は必ずしも確定しておらず、あいまいな状態(=重ね合わせ状態)を持つことができ、観測することで重ね合わせの状態から0か1のどちらかの状態へと変わります。
 これにより、N個のビットがあった場合には、2のN乗の組み合わせを同時に表現することができます。例えば、20ビットで表現できるすべての入力パターンを使用して計算する場合、現在の古典コンピュータでは1回の入力で1つのパターンしか表現できないので、2の20乗(約100万回)の入力と計算が必要になります。一方、量子ビットであれば、量子重ね合わせの性質により、1回の入力(20ビット)で、2の20乗パターンの値を同時に表現できます。
 次に、量子もつれは、2つ以上の重ね合わせ状態にある量子が相関を持ち、1つの量子の状態が他の量子の状態に即座に影響を与える性質です。(中略)量子もつれを利用すると、相互作用関係を持たせた複数の量子ビットを効率的に操作することができ、量子重ね合わせで得られた多くの解候補から欲しい解をうまく取り出すことができます。」
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 ……こういう性質を利用するコンピュータなので、「誤り」との戦いが避けられないのです。複雑な計算の結果を素早く出してくれたとしても、それが間違っている可能性があって正誤の検証が困難だとしたら……使いこなすのは難しい気がします……。
 なお量子コンピュータには、量子ゲート方式と量子アニーリング方式があり、日本で実用化されているものは量子アニーリング方式のものが多いようです。量子アニーリング方式とは……
「量子アニーリング方式は、1998年に東京工業大学の門脇正史氏(現デンソー)と西森秀稔氏が提唱した原理により、高温にした金属をゆっくり冷やすと構造が安定する焼きなましの手法を応用して問題の解を求めます。(中略)
 量子アニーリング方式では、垂直な方向に適当な大きさの磁場を与えることで0と1の重ね合わせ状態を作り、量子揺らぎ(磁場のでたらめな変化)を付加して徐々に揺らぎを減らすことで、安定なスピンの向きが確定します(エネルギーが最小となる組み合わせの結果を得ることができます)。」
 ……こういう方式だから「最適化問題」に適しているのでしょう。しかも「最適化問題」なら、「最高に適した」ものでなくても、「それなりに適した」ものであれば、実用に耐えそうですし……。
 量子コンピュータは、今後巨大な経済価値を生むと期待されているので、先進国を中心に各国が力を入れています。「第4章 各国の政策と標準化、特許の動向」には、日本のことも書いてあったので、それを紹介します。
「日本政府においては、2020年1月に、量子に関する技術ロードマップやR&D拠点の整備などの量子技術に関する研究開発の道筋を明記した「量子技術イノベーション戦略」が策定されました。2022年4月には目指すべき未来社会像(社会変革に向けた戦略)として「量子未来社会ビジョン」を策定し、翌年には量子未来社会ビジョンで掲げた目標実現のため、量子技術の実用化・産業化に向けた方針や実行計画を示した「量子未来産業創出戦略」を発表しています。」
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 また量子技術情報を利用しやすくするために、量子技術に関する最新情報を一元的に集約し発信するポータルサイトのキュー・ポータル(Q-Portal)が開設されているようです。
 そして「第3章 量子コンピュータに取り組む企業の動き」では、アメリカの大手IT企業(IBM、グーグル、アマゾン、マイクロソフト)など欧米の企業や、日本の企業(富士通、日本電気)など、さらにスタートアップ企業についても解説されていました。産官学コンソーシアムもあるようで、日本のコンソーシアムとしては、量子技術による新産業創出協議会、量子ICTフォーラム、量子イノベーションイニシアティブ協議会、キューパークが紹介されています。
 さて「第2章 量子コンピュータを使う」によると、量子コンピュータはクラウド経由で使うのが一般的だそうです。
「今日の量子コンピュータは、高度なハードウェア技術と特殊な環境(例えば、超電導方式の場合は極低温の環境)が必要なため、一般ユーザが利用する際は通常、クラウド経由となります。」
 ……自社で使えるかどうかを検討したいときには、クラウド経由で利用できる方がありがたいと思います。さまざまな開発キットもあるようです。
「第5章 量子ゲート方式の活用事例」と「第6章 量子アニーリング方式の活用事例」では、化学、金融、情報、製造、流通分野での事例が紹介されていたので、これも参考になると思います。
 そして「第7章 量子コンピュータの未来」では、今後の課題や、発展のロードマップとマイルストーンなどについての説明がありました。
『量子コンピュータまるわかり (日経文庫)』……入門書とはいえ、かなり専門性が高い分野(量子コンピュータ)の解説だったので読むのはかなり大変でしたが、とても勉強になりました。興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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