『昆虫絶滅: 地球を支える生物システムの消失』2023/12/5
オリヴァー・ミルマン (著), 中里 京子 (翻訳)

 気候変動、森林伐採、過剰な農薬使用……環境の悪化で昆虫の個体数が減少しています。生物の多様性が失われた未来が人間の生活にどれほど悪影響があるのかについて、リアルに詳しく教えてくれる本です。
 率直に言って昆虫は嫌いというほどではありませんが、あまり好きでもありません……それでも、この本の「プロローグ」の昆虫の消えた世界は、あまりにも衝撃的でした(涙)。「プロローグ」は次のように始まります。
「激変の最初の兆候は不気味な静けさだった。田園地帯も郊外の庭も都会の公園も、サウンドトラックを失って生気のないイミテーションと化し、通りすがりのミツバチの羽音も、規則正しいコオロギの鳴き声も、飢えた蚊のしつこい羽音も、もはや聞こえなくなった。」
 ……飢えた蚊のしつこい羽音は、むしろなくても良いかなー、なんてのんびり構えていたのですが……このあとの「死骸を分解してきた虫たち」の絶滅がもたらす酷い状況に絶句してしまいました。昆虫が絶滅すると、糞虫が糞を分解してくれないので土壌が不毛になり、倒木や落ち葉も土に還れずに堆積してしまいますし、受粉がうまくいかず食料供給が崩壊してしまうのです(本書では、もっとリアルに描いてあります……涙)。昆虫が絶滅し、耕作農業と生態系が崩壊すると、人類はわずか数カ月で絶滅しかねないのだとか……。
 次のことも書いてありました。
「最近、世界各地で昆虫の生息数や種の多様性が大幅に減少しているという調査結果が、堰を切ったように発表され始めた。」
 うーん……そういえば最近は、あんまり虫を見かけないような……。
 でも実は、「地球を埋め尽くしているのは、人間でもヒツジでもなく、はてはネズミでもなく、甲虫だ。その数は三五万種に及び、今も新種が判明し続けている。(中略)スミソニアン協会によると、世界には約一〇〇〇京匹(一のあとにゼロが一九個つく数)の昆虫が生息しているという。」だそうですし、「昆虫はまた、意外なほど丈夫で適応力に富んでいる。」ので、70℃の高温に耐えられる昆虫や、なんとマイナス15℃の低温に耐えられる上に酸素がなくても一カ月生存できるナンキョクユスリカの幼虫もいるそうです。
 それでも世界中で昆虫はどんどん減っているようで、本書にも次のように書いてありました。
・「(前略)(2014年に)国際自然保護連合(IUCN)に記録されている無脊椎動物種の三分の一が減少傾向にあり、個体数の減少は過去四〇年間に世界全体で四五パーセントだと指摘されていたのである。その減少率は脊椎動物の二倍近くに上っていた。」
・「(前略)国連が二〇一九年に発表した画期的な調査の結果では、今後数十年の間に動物界全体で一〇〇万種が絶滅の危機に直面することになるという概要が示された。これら絶滅してゆく種の半数は昆虫だ。」
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 このような昆虫の減少の原因は、生息地の喪失、様々な農薬への慢性的な曝露、気候変動なのだとか。
 農薬については次のことも指摘されていました。
・「(前略)ネオニコチノイド系殺虫剤は、植物の師管液を吸い取るアブラムシをはじめ、ノミ、特定のキクイムシ、好ましくない甲虫などに対して圧倒的な効果を発揮するだけでなく、「浸透性」の殺虫剤とみなされている。つまり、薬剤が植物の表面にただ留まるのではなく、吸収され、宿主の循環系を速やかに移動して根に達し、葉やその他の末端の組織にまで染み渡るのだ。」
・「ネオニコチノイド系殺虫剤は農地の上に洗い流されるのではなく、蓄積される傾向があるため、層となって毒性のレベルを強めてゆく。殺虫剤を大量に使用している国々の農地には、おそらく歴史上いまだかつてなかった量の致死性の化学物質または有害な化学物質が蓄積されていると思われる。」
 ……強力過ぎる殺虫剤は、私たち人間の健康にも良くないような気がします……。
 昆虫って、こんなに大事な存在だったんだなーと痛感させられるとともに、庭にはあまり虫がいないほうが嬉しいと思ってしまう自分を反省させられました(申し訳ない……けど、とにかく「刺してくる」虫は、やっぱり嬉しくないです……)。
 もしかしたら私たちは、「虫嫌い」になるように育てられているのかもしれません。本書の中の次の記述にハッとさせられました。
「英国の緑に満ちた田園風景はとても美しいが、それはやや人間の美的感覚に偏ったものだ。(中略)だが、風景を整えることに覚える満足は、それが昆虫たちに与えている破滅的な影響を覆い隠してしまう。昆虫たちが繁栄できるのは、私たちが、むさくるしく乱雑だとみなす植生の中なのだ。」
 ……うーん確かに……そして雑草をとって「庭を手入れする」のは、まさに不要な虫に庭からいなくなってもらうためでもありました……。農業だけでなく庭までも「私たちは環境を均質化」していて、その変化に対応できない虫をどんどん排除しているのでしょう。
 それでも現在はまだ世界中に昆虫が溢れている状況にあるので、地球温暖化よりは深刻さを感じないでいますが……もしかしたら同じように深刻な状況にあるのかもしれません。
 昆虫が減ってしまうと……
「FAO(国連食糧農業機関)は、集約農業、生息地の喪失、化学物質の使用、気候変動などにより、ハナバチや他の送粉者が世界中で減少しているため、作物の収穫量と栄養状態の双方が低下することになると警告した。」
 ……とても困った状況になって、ビタミン、ミネラルの入手が困難になるかもしれません。
 また昆虫には長い進化の歴史があり、伝統的な医療でも長年使用されてきたので、昆虫由来の新しい医療の研究に役立つのかもしれないのに、そのチャンスも失われてしまうかもしれません。昆虫絶滅は、私たちの健康にも悪影響があるのです。
 そして「8 インアクション・プラン」では、「昆虫の危機への対処は、特定のことをやめる(何もしないで少し放置する)」ことに効果があるかもしれないと書いてありました。
「人間による昆虫界の破壊を元に戻すための取り組みは、巨大な農産業の見直し、文化的規範の進化、向上した生活水準と環境破壊のデカップリングなどを伴う複雑な挑戦に思える。」
 ……ここでは、特定の化学物質の使用を制限する、様々な野生の植物が育つための土地を昆虫に明け渡して再繁殖する余地を与える、など「特定のことをやめる」ことで、生態系が回復した例がいくつもあることが紹介されていました。
『昆虫絶滅: 地球を支える生物システムの消失』……昆虫が生態系に果たしてきた役割の重要性を痛感させてくれる本でした。昆虫が暮らしやすい環境をつくることは、結局、私たちにとっても健やかな環境をつくることになるのでしょう。これからも環境に優しいエコな生活を心がけたいと思います。
 とても大事なことを考えさせてくれる本でした。みなさんも、ぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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