『古代ゲノムから見たサピエンス史 (565) (歴史文化ライブラリー 565)』2023/1/21
太田 博樹 (著)
発掘された人骨から取り出したDNAの遺伝情報を分析する古代ゲノム学。絶滅生物のDNAを追った創成期や、ネアンデルタール人のゲノム解析で明らかになった複雑な人類の進化史、さらには縄文人ゲノム解読で分かったその系統など、日本における最新の研究成果も紹介してくれる本です。
化石標本にたよることなく進化を研究するのが「分子進化学」で、これは次のような「分子時計」の概念を使うそうです。
「さまざまな生物から採取した特定のタンパク質のアミノ酸配列を解析し、違っているアミノ酸の数を縦軸にとる。古く分岐した生物種どうしでは、多くのアミノ酸が違っており、比較的最近に分岐した生物種どうしでは、アミノ酸の違いが小さく、プロットすると直線状に並ぶ。つまり、アミノ酸の違いは、時間と伴にほぼ一定の割合で変化する。(中略)この性質が分子時計と呼ばれたのだ。」
また古代DNA分析ではよくミトコンドリアのDNA(mtDNA)が使われますが、それは次の理由によるそうです。
「一つの細胞に細胞核は一つしかないが、ミトコンドリアは一つの細胞に数百から千個存在する。土に埋まった腐敗した生物の遺骸では、運よく残る可能性があるのは骨や歯などの硬い組織だ。その骨や歯の細胞でも、自分自身の酵素や、死後の遺体に繁殖したバクテリアなどによって、DNAは分解されていく。さらに、長い年月、地下水や雨水にさらされて、組織はボロボロになっていき、ますます残存するDNA分子の数は減っていってしまう。そんな中でも、核DNAよりは、mtDNAの方が、もともとの数が多いおかげで、残りやすいのである。」
……なるほど。
そして個人的に興味津々だったのは、やはり日本人のこと。「日本列島にたどり着いたサピエンス」の章には、次のようなことが書いてありました。
日本列島の人々の成立に関する人類学研究では、現在も「埴原和郎さんが1991年に提唱した二重構造モデル」がたたき台になっているそうで、その要約は次の四つにまとめられるそうです。
「(前略)一つ目は、縄文人の起源についてで、旧石器時代の東南アジア人から新石器時代の縄文人と北東アジア人が分岐した、としている。二つ目は、現代のアイヌと沖縄の人々の系統的関係についてで、アイヌと琉球人は縄文人の直接の子孫である、としている。三つめは、東ユーラシア大陸から日本列島への移住についてで、約二千年前に北東アジアから、おそらく朝鮮半島づたいに、大量に人が渡来した、としている。(中略)四つ目が、これらの交雑についてで、本州では縄文人と渡来人の混血が進んだが、北海道と沖縄では、渡来人の遺伝的影響が少なく、縄文人の遺伝的影響が色濃く残った、とする。」
そして太田さんたちが日本の古代人のゲノム解析を行ったところ、次のように、これを支持するような結果が得られたそうです。
「(前略)神澤らと私たちの解析では、北海道の縄文人と本州の縄文人が、ともに北海道アイヌと強い遺伝的親和性を示していた。これは、埴原の二重構造モデルの二つめで言っている「アイヌは縄文人の直接の子孫である」という部分を強く支持する。また、現代の本州の人々のゲノムのうち一〇~二〇%が縄文人に由来するという点でも、一致していた。これは埴原の二重構造モデルの四つめで言っている「本州では渡来人の遺伝的貢献の程度が高い」という部分も強く支持している」。
「(前略)こうして私たちのデータセットをもちいて作成した系統樹は、現代の東アジアや北東アジアの人々、それにアメリカ先住民も、東南アジアのヒト集団から分岐してきたことを示していた」。
……古代人のゲノム解析で、サピエンス史が見えてくるんですね……(なお、ここで紹介したのはごく一部で、本書内にももっと詳しい内容が紹介されています)。
ちなみに古代人のゲノム解析は、次のような理由でとても難しいそうです。
「(前略)古い人骨の場合、得られるDNAの絶対量が少ないだけでなく、得られたDNAの中に含まれているヒト由来のDNAの割合も極めて少ない。多くの場合、得られたDNAのたった一%がその骨片に残っていた本人のDNAで、残りの九九%は細菌やカビなど、その古人骨が埋まっていた土壌など周囲の環境にいる微生物のDNAである。」
……うーん、確かにそうですね!
この本は縄文人やネアンデルタール人、デニソワ人のDNA分析で分かったことを詳しく紹介してくれるのですが、その具体的な方法についても、かなり詳しく説明してくれるので、とても勉強になりました。
また、次のような意外なことも、本書ではじめて知りました。
「(前略)チンパンジーやゴリラやオラウータンと比べて、ヒトはごく最近誕生した新しい種なので、彼らと比べて遺伝的多様性は小さい。なので、現在の生物人類学では、「人種(race)は存在しないということが常識になっている。ホモ・サピエンスの遺伝的多様性は小さいので、もともと亜種レベルの違いと同レベルの違いを表現するのに用いられてきた「人種」は、既に生物学的な根拠がないカテゴリーとして死語となっている。」
……生物学的には「人種は存在しない」んですか! すると……我々の肌の色の違いは、動物の「皮膚の模様の違い」みたいな感じ?(笑)。もっと違うのかな?
さらに、まるでSFのような最新の研究もあるそうです。
「欧米では、既にネアンデルタールの脳の三次元培養細胞(オルガノイド)を作製する試みがなされている。これは空想でもフィクションでもなく、本当の話だ。iPS細胞を使うのである。」
さすがにこれは、まだ検証まではほど遠い状況のようですが、太田さんたちも縄文人iPS細胞を作るプロジェクトを開始しているそうです。
「現代日本人と縄文人との生活や代謝、免疫などの違いをiPS細胞をもちいて調べようというのが、私たちのプロジェクトである。」
……今後の展開に期待したいと思います。
とても面白くて勉強にもなる『古代ゲノムから見たサピエンス史』でした。みなさんも、ぜひ読んでみてください。お勧めです☆
* * *
なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
<Amazon商品リンク>