『カルロ・ロヴェッリの 科学とは何か』2022/2/19
カルロ・ロヴェッリ (著), 栗原俊秀 (翻訳)
地球が宙を浮いていることを最初に見抜き、初めて地図を描き、世界を始まりも終わりも無限だと想定した古代ギリシャの世界初の科学者アナクシマンドロス。その思想を皮切りに、科学的思考の本質を深く考察している本です。
ロケットどころか望遠鏡もない時代に、「地球が宙を浮いている(!)」ことに気づいた古代ギリシャ人がいたなんて凄いなーと驚いてしまいましたが、実は、推測自体はそれほど難しいことではなかったのかもしれません。「第4章 虚無のなかで宙づりのまま空間を浮遊する大地」には、アナクシマンドロスは、太陽や星の動きを見れば、地平線の下のほうにも、星々が通過するための空間があることは間違いないと、シンプルな推測を働かせたのだろうとありました。……なるほど、確かに。
そして「第12章 結論 アナクシマンドロスの遺産」には、次のように書いてありました。
「(前略)アナクシマンドロスは科学史における、最初の概念上の革命を実現した。世界の見取り図は、はじめて根底から書き換えられた。世界の新たな見方のもとで、落下という現象の普遍性が問いに付された。空間に絶対的な「高低」は存在せず、大地は宙に浮かんでいる。それは西洋の思想を何世紀にもわたって特徴づけるであろう世界像の発見であり、宇宙論の誕生であり、最初の偉大な科学革命だった。それはなによりも、科学的な革命を成し遂げることは可能であるという発見だった。わたしたちが胸に抱いている世界像は、間違っていることもあれば、描き直されることもある。世界をよりよく理解するためには、そのことに気づかなければならない。」
……アナクシマンドロスがこの革命を起こしたのは、師匠のタレスの教えを学んだことと、住んでいたミレトスが、黎明期のギリシア文明と太古から受け継がれてきた中東の知が出会う場所だったからだとロヴェッリさんは指摘しています。科学は多様な知が交わる場所で発展するのです。
また革新的な思考は、一人の天才がまったくの白紙から生み出すのではなく、それまでの積み重ねがあってこそ生まれるそうです。例えば、新しい世界観として有名なアインシュタインの相対性理論も、ニュートンなどの先人の知恵をもとに生み出されたのだとか。「第8章 科学とは何か?」には、次の記述がありました。
「アインシュタインは、ガリレオ―ニュートンの考案になる相対性の要点、すなわち、速度は相対的な概念であるという事実は正しいと仮定した。同時に彼は、マクスウェルの方程式と、その理論の本質である「場」の存在という発想も、やはり正しいと仮定した。要するに、世界を解釈するうえで採用されている現行の理論は、その骨子の部分にかんして言えば、質的に見て完全に正しいと仮定したのである。(中略)
アインシュタインはふたつの仮定を組み合わせることで、第三の仮定――「絶対的な同時性は存在しない」――を導き出し、そこから新たな統合理論を、すなわち特殊相対性理論を構築した。(中略)
アインシュタインは、既存のルールの内部で新しいゲームに臨んだのではない。彼はゲームのルールそのものを変えてしまった。」
「(前略)既存の理論、すなわち、蓄積された知に立脚する力こそ、科学が前進するための原動力である。ほかのなによりも確実で根本的に見えるものも含め、いかなる可能性も浮動、無謬ではありえないという前提のもと、蓄積された知を再検討し、たえず修正を加えることで、科学は前に進んでいく。」
この「第8章 科学とは何か?」には、他にも心に残る文章がたくさんありました。
「科学が大いなる一歩を踏み出すのは、適切に設定された問題への新しい解答が発見されたときではない。科学が前に進むのは、問題の設定の仕方が悪かったということを発見したときである。」
「(前略)「科学は発展途上だから信じられない」のではなく、「発展途上だからこそ、科学は信頼に値する」のである。科学が提供するのはかならずしも、決定的な解答ではない。むしろ、科学としう営みの本質からして、それは「今日における最良の解答」と呼ぶべきである。」
「科学の信頼性は、確かさのもとで休らおうとはしない。むしろ、確かさの根本的な欠如、積極的な批判の受容によって活力を得るのである。」
「観察と理性が、知を獲得するためのもっとも優れた道具であることは事実だろう。だが、純粋な観察や純粋な理性によって確実な知を打ち立てられるという発想は、間違っていると言わざるをえない。(中略)ベーコンとデカルトが解放した批判的思考によって明らかにされたのは、観察には既存の巨大な概念構造が必要であるということ、理性によって導かれる自明の前提(明白かつ明瞭な理念)もまた間違いでありうるということである。」
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……なかでも、現在わたしたちが学校で教えられているような科学知識を、「今日における最良の解答」と呼んでいることが印象的でした。個人的には、高校生ぐらいまでは素直に「教科書に書いてあることは間違いない事実」だと単純に信じていたような気がしますが……それがしだいに揺らいできたのは大学生の頃。さまざまな学説を知ることによって、「今、学んでいることも将来、間違いだったことが判明することもあるのかも……」という疑いが生まれ、だったら学ぶことにどんな意味があるのだろうか……という悩みが生まれ、もやもやした気持ちが心のどこかに潜むようになりました(とは言っても勉強は続けていましたが……)。
それがこの「今日における最良の解答」という言葉と、アインシュタインの相対性理論もニュートンなどの先人の知恵を「信じる」ことで生み出されたという話を知ることで、気持ちがすっきりしたのです。
要するに、たとえ将来間違いだったことが判明する知識であったとしても、学ぶことには大いに意味があるのです。なぜなら、少なくとも現時点ではそれ以上の解答はないのですから。そして新しい世界観を生み出すのにも、古い知識が欠かせないのですから。
ああー、そうだったんだ!(笑……単純)
この本では他にも、科学と民主制、科学と宗教などについて、参考になる考えをたくさん読むことが出来ました。
「(前略)科学と民主制は、同じ文化的土壌から芽吹いたのだ。科学も民主制も、対等な立場にある者が、批判と議論を応酬することで発展していく。」
「文化の価値を高めたいなら、文化を守ろうとしてはいけない。そうではなく、異なる文化と交わらせ、混ぜ合わせるべきである。この交換の仮定において、価値は比較検討され、知識は照合されふるいにかけられる。」
「(前略)たえず儀式に立ち返ることで、人間は社会契約を更新し、同時に、ふらふらと移ろいやすいみずからの思想を、単純な身振りのうちに固定させる」
「伝統とは言ってみれば、わたしたちの時代と比較して、無知の覆う領域がさらに広がった時代を生きた人びとの思考の集成である。」
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『科学とは何か』を深く考察している本で、とても参考になりました。
「科学的思考の実践とは、世界を概念化する新たな手法の絶え間ない探求である。現行の知に対する、敬意ある、それでいて徹底的な反抗の身振りから、新しい知識が生まれる。」
……いろいろなことを気づかされる本だと思います。「科学的思考」に興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
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なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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