『感染の法則: ウイルス伝染から金融危機、ネットミームの拡散まで』2021/3/2
アダム・クチャルスキー (著), 日向 やよい (翻訳)
なぜ金融危機と感染症の伝播は似ているのか? コロナウイルスのような感染症の脅威は言うまでもなく、金融危機の連鎖から、ネットミームの拡散、さらには犯罪や自殺の伝染まで、私たちはあらゆる「感染」に囲まれた時代を生きています。この本は、数理モデルを用いることで「感染(物事)がどのように広がり、収束するのか」を解明しています。
「第1章 感染の理論」では、感染の数理モデルが作られてきた経緯や役割を概説しています。
続く「第2章 金融危機と感染症」、「第3章 アイディアの感染」、「第4章 暴力の感染」、「第5章 オンラインでの感染」、「第6章 コンピュータウイルスの感染」では、バブルの段階が感染爆発の段階と似ているなど、金融、アイディア、暴力、オンラインでの拡散、コンピュータウイルスが、感染症の伝播と類似していることが、さまざまな事例で語られていきます。エッセイ風の語り口なので読みやすいのに、事例の合間には、「再生産数R(典型的な感染者1人から平均何人の新規感染者が生まれると予想されるかを表すもの)」など感染に関わる概念の解説もあり、これらを読むことで、「感染」に関する幅広い情報を知ることが出来ました。肥満や喫煙、幸福感が伝染しうるという研究など面白い話もあります。
個人的に一番興味深かったのは、「第7章 感染爆発を追跡する」の系統学的分析。次のような記述がありました。
「系統学の手法を使えば、感染爆発の源を指し示すだけでなく、疾病がいつ、特定の場所に到達したかも明らかにすることができる。仮に、進化が比較的速く起こるHIVのようなウイルスを調べているとしよう。もしある地域で流行しているHIVウイルスが比較的似ているなら、進化のための時間がそう長くなかったということなので、感染爆発は恐らく、ごく最近起こったのだろう。逆に、流行しているウイルスのあいだの相違点が多いなら、進化する時間がたっぷりあったということなので、もとのウイルスはしばらく前に導入されたと考えられる。こうした手法がいまでは公衆衛生分野で広く用いられている。」
「系統学的分析にはもうひとつ、感染爆発の最終段階での伝播を追跡できるという利点がある」
「ただし、進化の速度は感染爆発の分析の成否に影響を及ぼす。系統学的分析は、HIVやインフルエンザのようにかなり急速に進化する病原体を調べるときのほうが、効果を発揮する。病原体が人から人へ広がる際に遺伝子配列が変化するため、感染経路の推測が可能になるからだ。逆に、はしかのようなウイルスはゆっくり進化するため、人から人へうつってもあまり変異しない。その結果、患者がどうつながっているのかを解明するのは、誰もが同じ姓をもつ国で家系図をまとめようとするのに似た作業となる。」
この系統学的分析が、今後は、感染を収束させる重要な手がかりを提供してくれるようになるかもしれません。
また系統学的分析の手法は、文化の変異の分析にも役立つのだとか。
「ダラム大学の人類学者、ジャミー・テヘラニによると、文化とは、人から人へ、世代から世代へと伝えられていくうちに変異する情報と考えることができる。したがって、文化の拡散や発展を理解したいなら民話が役に立つ。民話はその文化の主体である社会が生み出したものだからだ。「本質的に、民話には権威ある単一のバージョンはない。共同体みんなのもので、いわば生き物のような性質を備えている」とテヘラニは言う。」
ここでは「赤ずきんちゃん」などを調査して、次のような結果を得ています。
「系統樹によると「オオカミと子ヤギ」と「赤ずきん」が最初に現れたようだ。一般に信じられているのとは違って、「トラおばあさん」はどうやら既存の話を混ぜ合わせたものらしく、ほかの話のもととなった原型ではなかった。」
系統学的分析は、いろんな場面で活用できそうですね。
そして最後の「第8章 感染の法則を生かすために」には、次のような記述がありました。
「感染という現象をもっとよく捉えたいなら、そのダイナミックな性質を考慮に入れる必要がある。それはすなわち、研究をさまざまな感染爆発に合わせて調整し、研究結果をできるだけ役立てられるように素早く動き、情報をつなぎあわせる新しい方法を見つけることを意味する。たとえば、疫病調査官はいまや、症例、人の行動、集団免疫、病原体の進化などに関するデータを組み合わせて、捉えどころのない感染爆発の実態に迫ろうとする。一つひとつを見れば、どのデータセットにもそれなりの瑕疵はあるが、まとめれば、伝染の姿をより完璧に描き出すことができるのだ。」
伝染の状況分析や将来予測に役に立つ「数理モデル」や「系統学的分析」などの手法や、さまざまな分野での「感染(伝播)」の状況や原因を幅広く知ることが出来る本でした。興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
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