『MIT マサチューセッツ工科大学 音楽の授業 ~世界最高峰の「創造する力」の伸ばし方』2020/9/12
菅野 恵理子 (著)
ノーベル賞受賞者90名超。世界を変える人材を続々輩出する名門校、マサチューセッツ工科大学(MIT)の音楽の授業について紹介してくれる本です。
え? マサチューセッツ工科大学で「音楽」の授業? すごく意外だったのですが、実はMITは科学・テクノロジー・工学・数学、いわゆるSTEM(Science, Technology, Engineering, and Mathematics)をもちろん重視しているのですが、人文学や芸術科目にも力を入れているのだそうです。中でも人気が高いのが、約4割の学生が履修する音楽科目だそうで……内容を見ても、本当に「ガチの音楽教育」でした。MITの音楽ならテクノ音楽かなー。課題は電子楽器の製作だったりして。それ、楽しそう……と思ったのですが、全然違いました(笑)。
例えば、「西洋音楽史」の「中世・ルネサンス」での最初の課題は次の通り
課題1:エッセイ(1000語)
テーマは「ルネサンス期の3作品に関して、音源を聴いた印象と、映像を見た印象の違いを書くこと。またこれらの楽曲が、ルネサンス時代におけるポリフォニーの書法、テキストと音楽の関係性について、どのような見識を与えてくれるか」。
・ジョスカン・デ・プレ「千々の悲しみ」(シャンソン)
・ジョヴァンニ・ダ・パレストリーナ『教皇マルチェリスのミサ』より「グロリア」(ミサ曲)
・作者不明『ヴェスタはラトモス山を駆け下りながら』(英国のマドリガル)
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……なんか凄いですね。「工科」大学なので、入学までは音楽経験があまりなかった学生も多いようですが、そういう人でもついていけるような音楽教育のようです。全体としては、自分の頭でとことん考えさせる課題が多かったように感じました。
実践的な作曲課題のあるクラスでは、なんと弦楽四重奏曲を作らせるのだそうですが、これも楽器経験が少ない人でも書けるように、次の理由で弦楽四重奏曲を選んでいるのだとか。
「最終プロジェクトでは弦楽四重奏曲を作ります。(中略)このクラスではベーシックな対位法を学び、それを用いて作曲してもらうので、弦楽四重奏曲のほうが創りやすいですね。たとえばいいピアノ作品を書くには、ある程度のピアノの経験やピアノの語法を知る必要がありますから。」
……なるほど。ピアノ曲だと「右手=メロディ」、「左手=伴奏」(さらにペダル操作も)って感じの曲を作る必要がありますが、「弦楽四重奏曲」なら「4つのメロディ」を作るだけでもいいので、楽器が弾けない初心者でもやりやすいかも。
それにしても……やっぱり不思議なのは、なぜ工科大学で音楽を? という疑問には、次の説明がありました。
「多くのエンジニアが、創造的な問題解決者となるには、アートや人文学での経験が必要であることを認識していると思います。それに、テクノロジーや科学的発達が直面している問題の多くは、人間性への理解や関心の欠如など、エンジニア以外の領域で起きていることが関わっています。音楽プログラムが始まって約60年経ちますが、その重要性は増していると思います。」
なるほど。……未来社会を生きる人間は、AIとの協働(分業)になるかもしれないし、そういう意味でも「人間的な」アート能力を磨くことの価値は高まっていくのかもしれません。
「第6章 MITの教育から探る、未来を生きる世代に必要なこと」には、「未来を生きる時代に必要な4つのポイント」として、次のことが書いてありました。
1)自分の身体知を掘りおこす
2)多様性を受け入れる
3)枠の外に出る、未知の状況に向き合う
4)「より大きな全体」を構想する
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工学だけでなく、音楽など他の分野のことを学ぶのは、自らの能力を高めるのに、とても役立つようです。この本には、次のような記述がありました。
「自分の中に2つ以上の領域をもち、客観的な目で他方を見たり、それらを行き来したりしながら時には融合させていく。そんな複層的な視座をもつ、自分の内なる多様性がダイナミックな発想力へと結びつくのである。」
「「可能性の空間」を広げるだけではなく、複数の学問領域を俯瞰・統合する視点や、異分野で学んだ知識やエッセンスを専門領域に応用する努力も大事だ。それができれば、未知の状況に遭遇したとき、それに向き合い、より柔軟に解決策を考えることができるだろう。」
「物事は1つの要因だけで合理的に成り立っているわけではなく、多くの複雑な要因や可視化されない動機を背景に含んでいることもある。これを読み解くには、「より大きな全体」を見る目を養うことが不可欠である。」
うーん、さすがノーベル賞受賞者多数輩出の名門校、マサチューセッツ工科大学の教育は一味違いますね。目のつけどころが素晴らしい。
マサチューセッツ工科大学への進学を希望している方はもちろん、教育に関わる仕事をしている方も、ぜひ一度、読んでみてください。
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なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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