『アラスカ 風のような物語』1998/12
星野 道夫 (著)
極北の地の野生動物、植物、人々を撮り続けた写真家・星野道夫さんのアラスカ取材を集大成した写真文集を文庫化した本で、絶筆原稿も特別収載されています。
19歳のときに見た、たった1枚のエスキモーの村の写真に魅せられて、アラスカに渡った星野さんは、ロシア・カムチャッカ半島でヒグマに襲われて43歳で命を落とすまで、極北の地の野生動物、植物、人々を撮り続けました。約90点のオールカラーの写真と、自然と向き合って暮らしている人々との交流を綴った文章が、私たちにアラスカの現状と大自然での生活を活き活きと教えてくれます。
文庫本を開くと、中表紙には、強い視線で虚空を見つめる猛禽類の横顔が。その凛とした姿に、ハッとさせられました。アラスカの雄大な風景とともに、鹿や白熊、栗鼠がごく自然に「生きている」姿を見せてくれます。どの写真も素晴らしくて、いつまでも眺めていたいと感じさせられました。
どの写真にも、星野さんのアラスカへの深い愛情が感じられます。
写真家の方の文庫本なので、大自然の風景や動物写真がほとんどなのかと思っていたのですが、現地の人々の写真が多いことが意外でした。でも、巻末の絶筆原稿「身近な自然、遠い自然」を読んでみて、星野さんの思いが分かった気がします。
「旅をしていていつも思うのは、その土地の風景を自分のものにするために、そこで誰かと出会わなければならないということだ。もしそうでなければ、風景は映画のスクリーンをただ眺めているように、決して自分自身と本当の言葉を交わさない。そして旅をすればするほど、世界はただ狭くなってくるだけだろう。けれども、誰かと出会い、その人間を好きになったとき、風景は初めて広がりと深さをもってくる。」
星野さんは、この世界をまるごと愛していたんですね……。
「エスキモーになったボブ・ユール」では、アラスカにやってきて自然とともに生きている白人ボブが、若かったとき、必要もなくクマを撃って傷つけたことへの苦い悔恨について話してくれたことを、星野さんは次のように書いています。
「アルセーニエフの書いた、「ウスリー探検記」の主人公、デルス・ウザーラとボブ・ユールが重なった。
一生をシベリアのタイガの狩人として生きたデルスは、ある日、撃ってはならない森の神、アンバ(虎)を撃ち損じ傷つける。その日からデルスは、それまでの一生を過ごした森に脅えてゆく。自然を裏切り、アンバが彼の死を迎えにやってくるからだ。
ボブの撃ったクマが、デルスのアンバであったかどうかはわからない。でも、もし生きるもの同士の約束というものがあるならば、自然の中に生きてきた人間はその意味を知っているのだろう。それは、僕たちが忘れてしまった、狩るものと狩られるものの間に存在する約束だ。」
狩るものと狩られるものの間に存在する約束……厳しい大自然の中では、誰もが平等に懸命に生きている……すべての命の重みが感じられます。
また動物を追いながら写真を撮るなかで、星野さんが綴っている大自然の描写も美しい。
「ある日の夕暮れ、近くの山に登った。頂上近くの一枚岩に腰を下ろし、双眼鏡に目を凝らしても、カリブーの気配はどこにもなかった。沈まぬ白夜の太陽が、斜光線で、見渡す限りの原野を黄金に染めている。極北の川の流れは、広大なツンドラを自由自在に走り、その遠い果てにキラキラと北極海が光っていた。」
もちろん大自然は美しいだけでなく、星野さんもたびたび危険にも遭遇しています。子育て中のシロフクロウに襲われたこと、地吹雪の中でカリブーの群れを追ったこと、オオカミにカメラを横取りされたこと……自然のなかで生きる暮らしをまざまざと感じさせてくれました。
アラスカの大自然での暮らしを、美しい写真と文章で綴った写真文集です。アラスカのような過酷な環境で実際に生活するのは大変ですが、このような本を読むことで、物語を創作するための想像力を刺激してくれるような気がします。
写真を眺め、文章に触れていると、星野さんの優しさや爽やかさに心が満たされます。ぜひ読んでみてください。
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