『日本の宇宙開発最前線 (扶桑社新書)』2024/6/29
松浦 晋也 (著)

 日本はどこで世界に遅れを取ることになったのか。そのなかでも活かすべき日本の宇宙技術の強みとは。そして、これから学ぶべきイーロン・マスクさんの「狂気」とは……気鋭の科学ジャーナリストの松浦さんが、「科学技術立国」日本の現状と、復活への処方箋を教えてくれる本で、主な内容は次の通りです。
第1章 技術開発と実用化の主体は官から民へ
第2章 衛星技術の発展がもたらす革新
第3章 イーロン・マスク、宇宙事業を変革する異端児
第4章 日本宇宙開発体制改革10年の蹉跌
第5章 日本の宇宙開発はこれからどこに向かうべきか
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「第2章 衛星技術の発展がもたらす革新」によると……
「アメリカのボーイング、ノースロップ・グラマンに代表される米官需で安定した収益を得ている大手航空宇宙産業、それに欧州全体が政策的に支援して対抗するアリアンスペースに代表される欧州宇宙産業、スペースシャトルから始まったアメリカ政府の宇宙ベンチャー育成策とそこから飛び出したOSCのような新興宇宙企業、冷戦終結とソ連崩壊に伴って西側の市場経済に流出した旧ソ連の宇宙技術――20世紀末の時点で、この4つが世界の宇宙産業を形成していた。」
 ……そして、その後の2000年代から2010年代にかけては、世界ではさまざまなスペースベンチャーが勃興しました。例えばイーロン・マスクさんが興したスペースXは、大胆不敵な発想で「ファルコン9」の開発と商業利用に成功します。その背景には、ソ連崩壊とスペースシャトル計画に端を発する、アメリカをはじめ諸外国で起きた、宇宙開発を「官から民」へチェンジする流れがありました。
 そして興味津々だったのが、「第3章 イーロン・マスク、宇宙事業を変革する異端児」。ここでは火星移民構想という「狂気」にとりつかれたマスクさん率いるスペースXの快進撃が、詳しく紹介されるのです。狂気というか……情熱的ながらも非常に合理的なやり方で、多くの「失敗」経験をも活かした超スピード開発を行っているようです。この方法でマスクさんは、「ファルコン9ロケット」だけでなく、通信衛星コンステレーションのスターリンクも成功に導いています。次のように書いてありました。
「(前略)スペースXは、リスクは織り込んだ上で、簡素な実験機から開発を始め、失敗しても短期間で改良してまた試験を行い、結果を受けてまた改良し、必要に応じてロケットの仕様や将来のロードマップも変更してしまうというやり方で、第1段を回収再利用するファルコン9を管制させ、超巨大打ち上げ機スターシップをものにしつつある。」
 ……凄いですね。
 そして、スペースXが快進撃を続けるなか、日本は何をしていたかと言うと……
 なんと「第4章 日本宇宙開発体制改革10年の蹉跌」には、
「スペースXがアグレッシブな技術開発で今までに存在しなかった新たな宇宙機を開発し、その技術力で世界の宇宙開発シーンをぐいぐいと変革しはじめた。まさにそのタイミングで、日本は「これまでの日本は技術偏重だった。これからは宇宙利用だ」と、体制改革と権力闘争に時間を費やし、新たな技術開発を抑圧してしまったのである。」
 ……という状況であることが書いてありました……。
 それでも「第5章 日本の宇宙開発はこれからどこに向かうべきか」には、それなりに明るい未来展望も……
・「日本の民間宇宙活動は2000年代後半から徐々に活発化した。かつてはNASDAや宇宙研、航空宇宙技術研究所といった、国の機関と取引のある大企業のみが宇宙分野の仕事をしていたが、キューブサットのような大学衛星、さらには大学での小型ロケット研究が盛り上がったことから、2000年代後半からそれらの教育を受けた者、および大企業や大学で長年経験を積んで退職したシニアが宇宙分野で起業する例が相次いだ。」
・「宇宙基本法が国に法整備を義務付けたことで、内閣府・宇宙政策委員会が、ステークホルダーからの意見を十分に採り入れて法整備に向けて動く基盤ができあがった。」
・「日本もまた、アメリカを追う形で2024年から「宇宙戦略基金」という補助金計画をスタートさせた。「宇宙関連市場の拡大」「宇宙を利用した地球規模・社会課題解決への貢献」「宇宙における知の探究活動の深化・基盤技術力の強化」という3つの目標を掲げ、基礎研究から実用化に至るまでの幅広い分野に、今後10年間で1兆円の補助金を支出するというものだ。」
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 ところで現在、日本の衛星技術は、次の二つで世界から立ち遅れているようです。
1)完全電化衛星の技術:静止衛星の搭載するスラスターに燃費の良い電気推進を採用するという技術。
2)フルデジタル通信ペイロード:トランスポンダ―やアンテナの完全デジタル化。すべてソフトウェアで処理するので、新しいソフトウェアを通信することで、軌道上で通信機器の仕様を需要の状況に合わせて変更することが可能になる。
 ……この「フルデジタル通信ペイロード」は重要な技術なので、ぜひ挽回していただきたいと思います。
 この章には、スペースXと日本の宇宙開発との対比の中で、次のような意見も書いてありました。
「失敗を恐れないことは、特に日本においては大切だ。過去の日本の宇宙開発は、失敗が発生するたびに主にマスメディアから叩かれてきた結果、必要以上に失敗を忌避する習慣が根付いてしまった。(中略)失敗は次の成功に向けた知見を積み重ねることだ、という意識を持つ必要がある。」
 ……まさに、その通りだと思います。自分自身のことを考えても、うまくいったときよりも、失敗したときの方が、それを必死でリカバリしようと努力することで、結果的に、より深い知識と技術を得ることが出来ました。失敗経験は人間を強く成長させてくれるものだし、そもそも失敗を恐れてばかりいては、成長はできないとすら思います。
 とりわけ宇宙開発は「未知」への挑戦が多いので、積極的に「小さな失敗」を織り込んで前進していこうとする態度が重要だと痛感させられました。
 さて、平和憲法のもと「防衛力」中心の安全保障戦略をとっている日本にとって、測位衛星、地球観測衛星、偵察衛星、気象衛星、通信衛星などが重要であることはもちろん、通信の安定性(安全保障)のためにも自前の通信衛星コンステレーションも保有すべきではないかと思います。日本の宇宙開発に期待したいと思います。
『日本の宇宙開発最前線』……宇宙開発の歴史を振り返りつつ、現在、宇宙開発の牽引役となっているスペースXの合理性を分析した上で、日本の宇宙開発行政の問題点と、今後をどうしていくべきかを探っている本で、とても参考になりました。未来の技術や宇宙に興味のある方は、ぜひ読んでみてください☆
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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