『アリの巣をめぐる冒険 昆虫分類学の果てなき世界 (幻冬舎新書)』2024/4/24
丸山 宗利 (著)

 アリの巣に居候している好蟻性昆虫に魅せられて、昆虫分類学の見地から研究を続けている丸山さんが、まだ誰も見たことのないすごい虫を見つけたいと、世界中の森の地面に這いつくばって挑んだ汗と忍耐と興奮の冒険の記録で、「フィールド生物学」の一冊「未踏の調査地は足元に」(2012)の新装版です。
『アリの巣をめぐる冒険』というタイトルだったので、小さい頃、庭で観察するのが楽しかったアリのことを思い出し、その巣の内部の構造や役割分担を詳しく紹介してくれる本だと思ったのですが、アリの巣の構造は、ほとんど出てきません(苦笑)。丸山さんは、アリやシロアリと共生する昆虫の研究者(分類学)なので、世界中で、アリと共生しているハネカクシなどの新種を探し回っているようです。
ということでこの本は、「アリと共生している虫」の探し方や「新種記載の方法」を教えてくれる本でした。
 さて、分類学とは……
「分類学というのは、ごくごく簡単にいえば、ある生き物の名前や所属を明らかにし、その種なり、大きな所属なりに名前がついていなければ、それに名前をつける――つまり、命名を基本に、さまざまな生きものを体系づける学問である。」
 だそうで、ある虫が新種だと分かったら、次のように発表するそうです。
「(前略)新しい種の学名(ラテン語あるいはラテン語化された他言語)を決め、そこに新種であることを明記し、その下にその種の特徴、近似種との区別点を書く。そして新種の特徴のよくわかる図を添えるのが普通である。さらに、この記述に使用した標本のなかから、唯一の模式標本である「完模式標本」を指定し、その採集情報や保管先等を明記する。これらの内容を論文として学術雑誌等で出版すればよい。また出版にあたっては、「国際動物命名規約」という法律のようなものがあり、模式標本の指定を含め、それに則った内容の論文を書く必要がある。この一連の作業を新種記載といい(厳密には、特徴の記載部分のみを「記載」という)、紙媒体で出版される日をもって新種として発表される(認められる)ことになる。」
 ……図鑑などで見ることができる昆虫たちは、こんな風に分類されていたんですね。
 採取したハネカクシなどの昆虫の同定は、論文を参考に行いますが、論文だけの同定には限界があるので、「模式標本」を検討することが必要不可欠だそうです(「模式標本」というのは、その種の新種記載に使われ、その学名のよりどころとなる標本)。
 とても貴重な標本なので、簡単に貸し出してはもらえず、ロンドンの自然史博物館に模式標本の貸し出しを依頼したところ、依頼から貸し出しまで8カ月かかったのだとか。
 ハネカクシのような微小な甲虫の場合、外見で種を区別するのが難しいので、交尾器の形態で種を区別するようですが、そのためにはハネカクシの解剖が必要だそうです。なんと模式標本も同じように解剖し、確認後は封入して返却するようです。「模式標本」はそんな風にも使われるんですね……。
 丸山さんはいままで多数の新種を発見してきたようですが、アリにはいろんな共生昆虫がいることにも驚かされました。
 この本の冒頭は、登山道の脇にあるクロクサアリの巣の前に横たわり、アリの行列の中を縫うように歩くヒメヒラタアリヤドリとヒゲナガヒラタアリヤドリという小さなハネカクシを観察していた……という状況描写から始まります。ハネカクシというのは、アリと共生している虫で、アリが餌を見つける機会に便乗して、エサを横取りするためにアリの行列の中を歩き回っているそうですが……それを観察するためにアリの巣の前に横たわる……なんか足首や首元から、アリが入りこんできそうで……無理……。
 観察については、次のように書いてありました。
「クサアリの巣を見つけたら、初めて調査するのであれば、巣の入り口周辺をじっくりと観察するのが楽しいだろう。いちばん多く目にするのは、先ほど述べたヒラタアリヤドリやクサアリハネカクシの仲間の行列の中を歩く姿である。」
「(前略)クサアリの好蟻性甲虫は、主にクサアリの巣の周辺や通り道に生息し、巣の外に出されるゴミを食べたり、そこに発生する小動物を捕食したり、クサアリの餌を盗み食いしたり、アリそのものを食べたり、好蟻性甲虫そのものを食べたりしており、その生活ぶりは実に多様である。またこれらに共通する特徴として、巣の中に入りこむものが極端に少ないことがある。」
 共生というか……真面目に働くアリをちゃっかり利用している昆虫たちが多いんですね……。
 丸山さんは、日本だけでなく世界各地で好蟻性甲虫を採集・調査しているようですが、アリの毒針に挿されたり、シロアリに噛みつかれたり、さらには毒蛇や蚊(感染症)、毒のある棘植物などもいて……いろんな苦労もあるようでした(涙)。これらのフィールドワークの実態を詳しく教えてくれるので、昆虫採集をしている方にはとても参考になると思います。
 次のような道具の工夫も教えてくれました(本書内にはもっと詳しい説明があります)。
・衝突板捕虫器(地面に透明な板を立て、その下に受け皿を置き、飛んできて板にぶつかった虫が受け皿に落ちる仕組み)
・吸虫管(細いホースの途中に瓶がついており、ホースで吸った虫が瓶の中に溜まる仕組み)
・灯火採集は強い光だけでなく、弱い光も使ってみる(弱い光に集まりやすい虫もいる)
 さらに採集時の服装についても、白い下着(ダニに気づきやすい)や長靴、帽子をかぶってタオルを首にまくなど、実践的に役に立つアドバイスがあります。
『アリの巣をめぐる冒険 昆虫分類学の果てなき世界』……昆虫研究者のフィールドワークの方法や、新種発表の仕方などを具体的に紹介してくれる本でした。生物学に興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
   *    *    *
 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
<Amazon商品リンク>