『音楽が人智を超える瞬間 (ポプラ新書 265)』2024/9/11
篠崎 史紀 (著)

 26年間 N響第1コンサートマスターを務めた「マロ」こと篠崎史紀さんが、自らの音楽人生を語ってくれる本で、主な内容は次の通りです。
第1章 ウィーンが「音楽の流儀」を教えてくれた
16歳、目の前に積まれた100万円でヨーロッパに
ヴァイオリン教師の楽譜をこっそり盗んでは練習する日々
路上演奏で腕試し
イヴリー・ギトリスとの出会い
第2章 ウィーンで身につけたマロ流妄想力
「モルダウ」と「新世界」の妄想的背景
芸を極めるには妄想力を育てよ
ウィーンをより理解するためのワルツのレッスン
第3章 北九州が「人生の流儀」を育んでくれた
故郷、小倉はイタリアの港町?
ヴァイオリンを弾くのは歯磨きと同じ
動物園の象の檻の前でヴァイオリンを披露
第4章 N響が「コンサートマスターの流儀」を確立させてくれた
指揮者から本音を聞きだすコンマスは007?
サヴァリッシュとの思い出と堀さんの思い
フェドセーエフを救った「くるみ割り人形」
第5章 偉大なマエストロたちが音楽の流儀を教えてくれた
シャルル・デュトワ
ウラディーミル・アシュケナージ
アンドレ・プレヴィン
パーヴォ・ヤルヴィ
ファビオ・ルイージ
ヴォルフガング・サヴァリッシュ
ヘルベルト・ブロムシュテット
ロリン・マゼール
ロジャー・ノリントン
トゥガン・ソヒエフ
ネッロ・サンティ
ワレリー・ゲルギエフ
第6章 いま、日本の音楽界に、そして故郷に伝えたい思い
自分が憧れていたジュニアオーケストラを作る
指導者にも子どもたちにも必要な精神、「守破離」
   *
 日曜のNHK教育TVのクラシック音楽番組(N響定期公演など)が好きで、毎週楽しく視聴しているのですが、そこで長年第1コンサートマスターを務めていただけでなく、音楽番組の解説などでも見ることが多かった篠崎さんについては、「指揮者や団員全員に気配りができる、いるだけで安心できる素晴らしいコンサートマスター」という印象が強かったのですが……意外なほどお茶目で破天荒なところもあったんだなーと、ちょっと驚きながら(たまには笑いながら)楽しくどんどん読めました。
 北九州で篠崎バイオリンスクールを主宰しているご両親からヴァイオリンを習い、3歳でヴァイオリンを始め、中学生で大人のアマチュア・オーケストラ(北九州交響楽団)に入団、高校時代はすでにそのコンサートマスターを務めていたという、まさに音楽エリートではあるのですが、高校生の頃、ウィーンに音楽留学したときの話には、とても驚かされました。
 篠崎さんは高校2年生の春、父親から目の前に100万円をポンと置かれ、こう言われたそうです。
「おまえ、海外に行ってみたいだろう。これを持って遊びに行ってこい。」
 そこで自らいろいろ調べて、夏休みにザルツブルクで音楽講習会を受けるツアーに参加することに。高校2年の夏休みに渡欧して、各国を周った後、オーストリアのザルツブルクでヴァイオリンの講習を受けたのです。
 この時、講習を受けるために泊まっていた宿舎の修道院を出ると、毎朝話しかけてくるおじいさんがいて、言葉が分からないまま会話していたそうですが、あるときドイツ語が分かる友人にその言葉を訳してもらったら、「音楽には何かがある。それは人間の理解を超えている」という意味だったそうで……実はそのおじいさんはナチスの強制収容所から帰還したユダヤ人で、音楽のおかげで生き延びることができたそうです……これがタイトル『音楽が人智を超える瞬間』につながっているのです。
 その後、篠崎さんは高校卒業後、ウィーン市立音楽院に入学するのですが、言葉がわからなくても、どんどん会話をしてしまう彼のパワー(能力)がとにかく凄いのでした……。
 そして篠崎さんのお父さんの教育方針も素晴らしいのです。お父さんの持論は……
「いいか。欠点は知っていればいい。大人になっても直るものじゃない。一生直らない。だけど、どんな短所なのかを知ってないといけないし、自分で気を付けてないといけない。それとは別に長所がある。長所は自分で伸ばしていかないといけないし、自分の長所を知っているとそのスピードは光の速度より速くなる。伸びて伸びて、その長所が短所と言われているものをパカっとくるむと、個性という名前になる。だから悪いところは直さなくていい。いいところを伸ばして、あとは好きにしろ。」
 ……だそうですが、これ、私もずっと覚えていたい言葉になりました……。
 この本には、篠崎さんを育ててくれた恩師たちや、素晴らしい演奏家・指揮者との交流、さらには友人たちとの交流エピソードがたくさん紹介されているのですが、どれもとても温かいもので、N響コンサートマスターだった篠崎さんの卓越した「人間関係力」を知ることが出来ます。
 とりわけウィーンでの学生時代からの友人・桑田さんが、体調を崩して入退院を繰り返すようになったとき、「俺は本当にだめかもしれない。でも演奏会はやりたい」という彼の希望を叶えるために、みんなを集めて演奏会を開催したエピソードには、それに関わってくれた大勢の音楽家たちも含めて、温かい人の周囲には、温かい人が集まって来るのだなーと……じーんとさせられました。
 篠崎さんは若いころから、後進を育てることにも力を入れていたようで、N響に入る前年(1996)には、「東京ジュニアオーケストラソサエティ」を立ち上げています。ここでは……
「暗記させることや、正解への近道を教えることではなく、考えさせ、飛び越えさせ、飛躍していく子どもたちを見守る。守破離こそが指導者が心に刻むべき言葉だ。」
 ……と、「守(まもらなければならない基本を学ぶ)、破(教えられたものを自ら破る)、離(新しい自分をつくって独り立ちする)」の重要性を説いています。
 また若手育成を目的としたN響アカデミーもスタートさせていて、これは……
「オーディションで選抜された受講生のレッスンは楽団員が持ち回りで担当している。楽団員の隣で弾き、リハーサル、ゲネプロ、演奏会を見学して、オーケストラで演奏するためのさまざまなノウハウを学ぶ。」
 ……これは若手演奏家にとって、とても有意義な機会になりますね!
 最近は、日曜のNHK教育TVのクラシック音楽番組でも、指揮者によるリハーサル風景や、楽団員による高校生などへのレッスンが、短時間放映されることがあって、ただの音楽好きの日曜演奏家にとっても、とても勉強になります(今後も、よろしくお願いします☆)。
『音楽が人智を超える瞬間』……N響第1コンサートマスターで知られる篠崎さんの音楽人生を垣間見ることが出来る本で、群馬交響楽団やN響のコンサートマスターになったきっかけや、有名な指揮者、音楽家たちとの交流など、音楽を職業にする人にとって、参考になる情報が満載です。音楽が好きな方は、ぜひ読んでみてください☆
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