『LIFESPAN(ライフスパン): 老いなき世界』2020/9/16
デビッド・A・シンクレア (著), マシュー・D・ラプラント (著), & 1 その他

 人類はかつてないほど長生きするようになりましたが、晩年には、さまざまな病気に苦しめられて死んでいくことも多くなったように思います。
 でも老化を病気だと捉えれば、治療できるのではないか……ハーバード大学医学大学院で遺伝学の教授を務め、長寿研究の第一人者でもあるシンクレアさんが、生活習慣を変えることで長寿遺伝子を働かせたり、長寿効果をもたらす薬を摂取することで老化を遅らせたり、さらには山中伸弥教授が突き止めた老化のリセット・スイッチを利用して、若返ることさえも可能となる未来をつくろうとしている研究の最新動向について教えてくれる本で、主な内容は次の通りです。
第1部:私たちは何を知っているのか<過去>
老化の唯一の原因――原初のサバイバル回路
弾き方を忘れたピアニスト
万人を蝕む見えざる病気
第2部:私たちは何を学びつつあるのか<現在>
あなたの長寿遺伝子を今すぐ働かせる方法
老化を治療する薬
若く健康な未来への躍進
医療におけるイノベーション
第3部:私たちはどこへ行くのか<未来>
未来の世界はこうなる
私たちが築くべき未来
   *
 シンクレアさんは「サーチュイン」と呼ばれている長寿遺伝子を、主な研究対象としています。次のように書いてありました。
「(前略)サーチュインはエピジェネティクス的な調節機能においてきわめて重要な役割を担っている。細胞を制御するシステムの最上流に位置して、私たちの生殖とDNA修復を調節しているのだ。」
 そしてサーチュイン以外の長寿関連遺伝子としては、TOR、AMPKなどがあるそうです。
「サーチュインの仕事は、糸巻役のヒストンに指示してDNAをきつく巻かせておくことだ。その一方で、サーチュインの影響を受けない領域についてはDNAの巻きつきが弱まるに任せておく。こうすると、一部の遺伝子は抑制されたままなのに対し、別の遺伝子ではタンパク質をつくるためにDNAの情報を読み取る作業を始められる」
 サーチュイン類は、ヒトのrDNAを安定させている(細胞の老化を防いでいる)そうです。
 とても参考になったのが、「第2部:私たちは何を学びつつあるのか<現在>」。ここでは、老化を遅らせる薬の研究とともに、薬によらない健康長寿方法も紹介されていました。
 例えば……
・長寿食:野菜や豆類や全粒の穀物を多く摂り、肉や乳製品や砂糖を控える
・食事の量や回数を減らすと健康長寿に
・間欠的断食が新しい画期的健康増進法に
・寒さに身をさらして長寿遺伝子を働かせる
・タバコや有害な化学物質、放射線は老化を早める
・運動する
……などの方法です。ちなみに運動については……
「(前略)運動とは体にストレスを与えることにほかならない。運動をするとNADの濃度が上昇し、それが今度はサバイバルネットワークを作動させる」
「(前略)健康を増進する遺伝子を一番多く活性化したのは「高強度インターバルトレーニング(HIIT)」だった。」……なのだとか。
 これらは一般的な健康法とほぼ同じようですが、ここで特に低血糖や断食が勧められているのは、「動物実験でサーチュインのプログラムを働かせる鍵は、カロリー制限を通して体を「ぎりぎりの状態」に保つこと」だったからのようです。
 でも「身体が危機感を感じるほどの飢餓ストレス」を与えられると、脳に栄養やエネルギー(糖分)が行き渡らなくなって、楽しい生活を送れないような気がします。そこで、ここでは断食ではなく、「間欠的断食」が勧められているのです。
 また運動は「頻繁に運動する人ほどテロメアが長かった」ほどの効果があるようです。
 飢餓や運動がもたらす「ストレス」が長寿に直結しているなんて予想外でしたが……「楽しく生活することで健康長寿」をめざしている私としては、体が危機感を覚えるほどのストレスを日常的に経験したくはないので、「バランスのとれた食事と運動」を適度に行う習慣を、今後も続けていこうと思っています。
 さて、本書は医学部教授が書いているので、食事や運動などの一般的健康法よりも、長寿のための薬や長寿医療技術が重視されているように感じました。これに関しては……
「STAC(サーチュイン活性化化合物)、AMPK活性化分子、mTOR阻害分子は様々な成果をあげている。それを見れば、このプロセスが主な老化関連疾患の上流に位置していることがよくわかる。また、これらの分子は、実験対象となったほぼすべての生物の寿命を向上させている。だとすればそれは、太古の昔からの強力な長寿プログラムが働いている証拠にほかならない。」
 ……とありました。
 また薬などの医学的な方法で寿命を延ばすための4つの選択肢も紹介されています。
未来の選択肢1)老化細胞を除去する
未来の選択肢2)レトロトランスポゾンを封じ込める
未来の選択肢3)免疫系を活用するワクチンを使う
未来の選択肢4)細胞のリプログラミング
   *
 このうち、「細胞のリプログラミング」は驚くような未来的な方法です。中年になったら、iPS細胞で有名な山中因子をいくつか組み合わせたものに、確実に作動するスイッチ役の遺伝子(ドキシサイクリンが有力候補)を付加したものを体に注射しておき、老化の兆しがみえてきたらドキシサイクリンを服用して、このリプログラミング遺伝子のスイッチを入れ、細胞を若返らせる……というような、現実に可能とは思えないような方法ですが、マウスの動物実験では、効果があることが分かっているようです。次のようにも書いてありました。
「私の予想では、体細胞リプログラミングの第1号は、老化に伴う眼の病気を治療するために行われることになるだろう。たとえば、緑内障や黄斑変性などである(目は全身の免疫系から切り離されているため、遺伝子治療を試すには格好の器官だ)。」
 ……そうだったんだ……。
 また現在、DNA解析技術はすでに幅広く実用化されていますが、これにより、がんの発生過程を把握することが出来るだけでなく、腫瘍に入りこんでいる細菌の種類も分かるようになっているそうです。
「ゲノムの情報が医師の判断を助ける時代が来たら、何より重要なことがある。病気になるまで待たなくても、そもそもその病気にかからないようにするための最善の処置がわかるようになるのだ。」
 ……凄い時代になりつつあるんですね……。
 この他にも「パーソナル・バイオセンサーの時代へ」とか、「バイオトラッキングによって突然死を防ぐ」とか、「バイオクラウド・データとDNA解析を使って感染症の世界的大流行を阻止する」とか、「異種移植(ブタの体内でヒトの遺伝子編集して、ヒトの臓器を作る)」とか、「臓器印刷(自分自身の幹細胞を使って臓器を3D印刷)」などの最先端の研究についても紹介されていました。
 最後の「第3部:私たちはどこへ行くのか<未来>」では、長寿化がもたらす問題についても考察しています。
「(前略)どんな予測モデルを見ても、寿命が長くなれば人が増え、人が増えれば人口密度が高まるとしている。そして、環境破壊が進み、消費量も廃棄量も増加する。」
 ……ということで、環境問題だけでなく、社会保障の危機についての指摘もありました。
 それでも、これまでも人類は幾多の危機を乗り越えてきたのだから……
「人類は限界を超えることができる――地球で生きていける人口に上限などない」
 ……とも語っています。
 そして……
「(前略)AMPK活性化分子とTOR阻害分子、そしてサーチュイン活性化化合物(STAC)に実効性があることについては、幅広く強固な証拠が集まっている。すでにメトホルミン、NAD増強分子、ラパログ(ラパマイシン類似体)、セノリティクス(老化細胞除去薬)については効果が確認されている。(中略)
 ほかにも、細胞リプログラミングのように、寿命をさらに伸ばして健康を高めるテクノロジーの開発も進んでいる。また、本当の意味で個別化された医療が普及すれば、私たちの体をうまく機能させ続け、病気を防ぎ、先々厄介の種になりそうな問題に先回りして手を打つことができる。」
「(前略)医療費危機に取り組むには大本の老化を解決するのが一番安上がりなのである。」
 ……「老化そのもの」を防ぐことが出来る未来が、すぐ近くまで迫ってきているのかもしれません。
 シンクレアさん自身は老化を防ぐために、老化を予防できる可能性のある薬(NMN1グラム、レスベラトロール1グラム、メトホルミン1グラム)や、ビタミン、アスピリンを毎朝摂取している他に、低糖食事(たまに絶食)、や運動も習慣としているようです。
 薬が好きではない私自身は、とりあえずは現在やっている食事・運動・睡眠中心の一般的健康生活を続けていこうと思っています。それでも自分自身の高齢化が進んでどうしようもなくなったら……シンクレアさんたちの研究している老化予防・回復療法に頼れるかもしれません(笑)。それを期待して元気に長生きして待っていようっと。
 健康や長寿に関心のある方は、ぜひ読んでみてください☆
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