『菌類の隠れた王国: 森・家・人体に広がるミクロのネットワーク』2024/6/24
キース・サイファート (著), ロブ・ダン (その他), 熊谷玲美 (翻訳)

 菌類の分類や生態から、植物や昆虫との共生、農業や発酵など人類との関わり、病原体としての脅威、新素材や新食品開発などの最新テクノロジーまで、菌類を総合的に知ることができる入門書で、主な内容は次の通りです。
イントロダクション ダストの中の多様性
第1章 コロニーの中の生活 菌類の進化
第2章 ともに生きる生物 相利共生から寄生、生物学的侵入まで
第3章 森 木を見て菌を見る
第4章 農業 世界で七番目に古い職業と菌類
第5章 発酵 食品、飲料、堆肥
第6章 秘密のすみか 菌類と屋内環境
第7章 ホロビオント マイコバイオームとヒトの体
第8章 マイコテクノロジー 菌類のある暮らし
第9章 高度一万メートル 菌類と地球の持続可能性
   *
「訳者あとがき」に、本書の概要が、次のように簡潔に紹介されていました。
「この本ではまず、分類や進化の歴史、生態や生活環といった、菌類の基本を知ることから始まる(1章)。次に登場する、菌類がさまざまな植物や動物との間に築く「共生」関係は、本書の重要なキーワードだ(2章)。菌類は、木や作物との共生を通してその健康な成長を支えているが、森林を広範囲にわたって枯らしたり、作物生産に大きな影響を与えたりもする(3章、4章)一方で人間とは、発酵(5章)、屋内環境(6章)、健康(7章)といった面で深く関わっている。ここまでで、菌類の世界と私たちの現在の関わりが見えてくるが、さらに私たちが菌類ともっと深く関わっていくための新しいテクノロジー、「マイコテクノロジー」(菌工学)の研究がすでに進んでいることも紹介する(8章)。そしてこれから私たちは菌類とどのような関係を築いていけばいいのか、社会的な取り組みも含めて考える(9章)。」
 ……ということで、本書は菌類との「共生」がとても重要だということを教えてくれます。
 特に参考になるのが、「屋内環境(6章)」、「健康(7章)」ですが、この2章は「雑菌」が嫌いな方には、かなりホラーな内容なので注意が必要です。「屋内環境(6章)」では私たちの家の中にいかに多数の菌類が住み着いているか、時にはアレルギー、喘息を引き起こすことが書いてありますし、「健康(7章)」では、私たちの体内には大量の共生微生物が棲んでいることが書いてあるのですから……。
 ちなみに「第7章 ホロビオント」のホロビオントとは、「巨大な共生関係」のことのようです。
「腸内細菌」の果たす役割などが広く知られるようになって、私たちの体内の細菌は悪いことよりも良いことをすることが多いことが分かってきました。それでも、もちろん感染症などを引き起こすこともあり、バランスが大事なようです。次のようにも書いてありました。
「医療も進化しつつあって、病気が生態学的な問題である可能性を受け入れるようになっている。微生物はどれも病原体だと考えて、すべて根絶してしまうのではなく、日和見的な共生菌の揺れ動く忠誠心を何とかしてなだめ、望ましい均衡状態に戻すにはどうすればいいのか。その方向を考える方向に私たちは戦略を変えていくことになるだろう。同じことは、自然界や家の中の菌類との間で生じる問題への向き合い方にも言える。(中略)菌類と共存共栄したいなら、彼らの生物多様性を認め、生分解や共生、生化学反応といった彼らの能力を歓迎すべきだ。」
 ……なるほど。菌類がもたらす悪い部分をおさえつつ、良い部分を活用してバランスをとっていくんですね……。
 またとても興味津々だったのは、「第8章 マイコテクノロジー」。マイコテクノロジーとは、菌工学のことです。
「(前略)菌類には、私たちのとりわけ魅力的な協力者として、マイコテクノロジー(菌工学)という新しい分野につながる可能性のある、四つの特徴がある。」ということで、その4つとは……
1)菌糸や菌糸体は繊維のような性質を持つ
2)菌類が他の生物細胞に作用する代謝産物を大量に作る
3)菌類には優れた分解能力がある
4)他の生物と独創的な方法で協力し合ってきた歴史がある
 ……例えば、有機酸、プラスチック、酵素、抗生剤などの薬が、マイコテクノロジーの実例のようです。
 さらには……
・「キノコ(菌類の子実体)はコレステロールがゼロで、低カロリーで飽和脂肪酸が少なく、アミノ酸やタンパク質、食物繊維、ミネラル、ビタミン、抗酸化物質をたっぷり摂れる食品だ。」
・「(前略)バイオ農薬とバイオ肥料は、化学合成された有毒な農薬や肥料の使用量を抑えるのに大きく貢献するはずだ。さらに菌類は汚染廃棄物の浄化(レメディエーション)にも動員されている。」
・「最先端のマイコテクノロジーといえば、菌糸体を使った新しい固体素材の開発だ。(中略)マイコマテリアルのほうが製造に必要なエネルギーや水は少なくてすむし、難燃性であることが多い。断熱効率や防音効果も高く、生分解可能だ。」
 ……などということも書いてあり、さらに「マイコテクノロジーに囲まれた世界」では、マイコテクノロジーが多用されている生活がどんなものかを、ドラマ仕立てでリアルに感じさせてくれます。
 驚いたことに、その生活では、自動車にさえマイコテクノロジーが使われていました。
「(前略)この車は燃料の一部に、農業廃棄物を酵母で発酵させ、蒸留して作ったバイオエタノールを使っている。車載電子機器の電源には、カビの菌糸体を材料とする、環境に配慮したレドックスフロー電池か、キノコの身を使ったイオン交換膜電池を使っている。さらにバンパーやサイドドア、ダッシュボードはすべて、圧縮して硬化させた難燃性のマイコプラスチックでできている。」
 また夜の街を照らす街灯には……
「(前略)生物発光ランプは、発光キノコの遺伝子を組み込んだ酵母を入れた、ミニ培養層で、柔らかな光を恒久的に放ち続ける。」
 ……うーん。なんか幻想的な感じもするエコな世界なんですね……。
 最後の「第9章 高度一万メートル 菌類と地球の持続可能性」では、「DNAシーケンシング技術が向上したことで、植物や菌類、昆虫の保存標本の重要性が一気に高まっている」ことの他に、私たちの健康との関わりについても次のように書いてありました。
「(前略)世界保健機関(WHO)が多くの国の機関と協力して推進する「ワンヘルス」アプローチは、人間の健康と環境、生物多様性の三つは相互依存の関係にあるという認識に立っている。言い換えれば、植物や動物、菌類、細菌が作る堅固なコミュニティが、健康で生産的で、回復力のある生態系の実現に貢献しているということだ。そして人間の生存と繁栄は、そうした生態系(森林や畑、都市など)と、その生態系に棲み、変化させていく生物種の健全さにかかっている。」
 ……菌を含む生物多様性を守ることが、私たちの環境や健康にも大事なんですね!
『菌類の隠れた王国: 森・家・人体に広がるミクロのネットワーク』……「キノコを栽培して食料にするアリがいる」とか、「世界一大きな生物は菌類(重量にしてシロナガスクジラ200頭分以上)」とか、菌類に関する驚きの情報も満載で、面白くて勉強にもなる本だと思います。「菌」が苦手でない方は、ぜひ読んでみてください☆
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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