『科学文明の起源: 近代世界を生んだグローバルな科学の歴史』2023/12/6
ジェイムズ・ポスケット (著), 水谷 淳 (翻訳)

 近代科学は16世紀から18世紀までにヨーロッパで誕生し、19世紀の進化論や20世紀の宇宙物理学も、ヨーロッパだけで築かれたとされていますが、実は近代科学の発展にはアメリカやアジア、アフリカなど、世界中の人々が著しい貢献を果たしています。科学革命は、大陸を越えた文化交流と、古今東西の知られざる科学者のたゆまぬ努力によってもたらされたのです……現代世界の見方を変える、かつてない視点で描く近代科学の発達史です。
「エピローグ 科学の未来」に本書のまとめが書いてあったので、以下に紹介します。
・「(前略)近代科学の歴史を理解するには、グローバルな歴史における数々の重大な瞬間に当てはめて考えるのが一番である。まずは南北アメリカが植民地化された15世紀から話を始め、次に16世紀と17世紀にアジアやアフリカで交易や宗教のネットワークが拡大した様子を探った。続いて、ヨーロッパの各帝国が台頭して大西洋間の奴隷貿易が著しく発展した18世紀へと話を進めた。19世紀には、資本主義とナショナリズム、近代戦の時代を目の当たりにした。最後に20世紀には、イデオロギーをめぐる争いの世界、反植民地運動を繰り広げる民族主義者や共産主義革命家の世界を解き明かした。世界史が一変したこの4つの時代は、いずれも近代科学の発展を方向づけた。」
・「(前略)世界中の人々や文化が近代科学の成立に貢献した。アステカの博物学者やオスマン帝国の天文学者から、アフリカの植物学者や日本の化学者まで、近代科学の歴史はグローバルなストーリーとして語られる必要がある。次の大きな科学的発見はヨーロッパやアメリカ合衆国の研究室から出てくると考える理由は一つもない。人工知能や宇宙探査、気象科学に関する次なる刺激的な研究が、アジアやアフリカ、中東やラテンアメリカですでに進められている。」
   *
 この本は、コペルニクスやニュートン、ダーウィンなどの著名な科学革命の先駆者たちの発想が、実はヨーロッパ以外の人々の考えに大きく影響されていたことを明らかにしています。
「はしがき――近代科学の起源」には次のように書いてありました。
「(前略)コペルニクスが科学研究を進めるうえで頼りにした数学的手法は、アラブやペルシアの文書から拝借したもので、その文書の多くはヨーロッパに持ち込まれたばかりのものだった。同様の科学的交流はアジアやアフリカの至るところで起こっていた。」
 ……コペルニクスは、サマルカンド天文台の天文学者アリ・クシュチュの「各惑星の軌道の中心が地球からずれていると考えれば、すべての惑星の運動をモデル化できる」という考えを参考に、太陽を宇宙の中心とする『天球の回転について(1543)』を書いたそうです。
 本書は、ヨーロッパ中心で始まったかのように考えられている科学革命は、実は世界各地の科学者の考えを継承するものが多く、もっとグローバルに考えるべきものだと主張しています。
 なかでも面白く感じたのが、「第1章 新世界との出合い」。大航海を通して新世界アメリカを搾取的に支配したヨーロッパは、「新世界との出会い」を通して、その思考が大きく転換したことが書かれていました。
1500~1700年にヨーロッパの学者が、それまで盲目的に学んできた古代の文書から離れて、自らの手で自然界を探求し始めたのは、新世界が植民地化されて、アステカやインカの知識がヨーロッパ人の手に渡ったことが関係しているそうです。
 ヨーロッパ人は、新世界では気候帯すらアリストテレスの教えと違っていることに気づいたことで、古代の文書は間違っているのかもしれないと思い始め、実験を行って確かめるという発想(権威よりも収集と実験をはるかに重視)が生まれたようです。
「アメリカを征服して植民地化するというこれらの取り組みが、当時の知識だけでなく、科学の実際の進め方にも変革を引き起こしたのだ。」
 ……実はヨーロッパ人が征服したアステカの科学技術(特に土木工学や医学)は、ヨーロッパよりむしろ進んでいた面もあったのに、彼らはアステカの富だけでなく知識すら搾取したのでした。しかも探検には奴隷船を使い、動植物の採集や征服に必要な地図は、現地の人の労働力や知恵を使って……。ニュートンのあの有名な『プリンキピア』に用いられた情報の大部分は、奴隷船や商船で旅した探検家や天文学者の伝えてきたものだったそうです。
 この後も、ダーウィンの『進化論』以前に、世界中の思索家が進化論と近い考え方を持っていたことや、原子の構造を突き止めたと言われるイギリスの物理学者ラザフォードよりも前に、日本の長岡が「土星モデル」を提唱していた(ラザフォードはこれを知っていた)ことなど、科学の基盤が通常考えられているよりも、ずっとグローバルであるという多くの事例が書いてありました。
「エピローグ 科学の未来」は次の文章で締めくくられています。
「(前略)近代科学は間違いなくグローバルな文化交流の産物である。しかしその文化交流は、きわめて不均衡な力関係のもとで起こった。近代科学の起源にまつわるストーリーの中核には、奴隷船や帝国、戦争、イデオロギーをめぐる争いの歴史が横たわっている。17世紀の天文学者は奴隷船で旅をし、18世紀の博物学者は植民地貿易会社のために働いた。19世紀に進化について思索した人たちは近代戦を戦い、20世紀の遺伝学者は冷戦中に人種科学を推進しつづけた。このような歴史の遺産をあっさり無視することなく、積極的にそれに対峙する必要がある。詰まるところ科学の未来は、そのグローバルな過去をより正しく理解できるかどうかに懸かっているのだ。」
『科学文明の起源: 近代世界を生んだグローバルな科学の歴史』……政治やイデオロギーによって書き換えられてしまった科学の歴史を明らかにし、科学発展のグローバルな過去をつまびらかにすることで、科学の未来が、グローバリゼーションとナショナリズムという2つの力の中間の道を見つけられるかどうかに懸かっていることを教えてくれる本でした。450ページもある長大な本で読むのは少し大変でしたが、いろいろなことを考えさせられ、とても勉強になりました。みなさんも、ぜひ読んでみてください☆
   *    *    *
 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
<Amazon商品リンク>