『初めて語られた科学と生命と言語の秘密 (文春新書 1430)』2023/10/20
松岡 正剛 (著), 津田 一郎 (著)
言語の秘密や科学が解き明かしてきたもの、生命原理を解き明かす「神の方程式」やヒトの意識などについて、「編集工学」を掲げ情報を生む世界観を追究してきた博覧強記の松岡正剛さんと、カオス理論の確立者であり複雑系科学の第一人者の数学・物理学者の津田一郎さんが、さまざまな謎に迫っていく、とても哲学的な対話集で、内容は次の通りです。
第1章 カオスと複雑系の時代で
第2章 「情報」の起源
第3章 編集という方法
第4章 生命の物語を科学する
第5章 脳と情報
第6章 言語の秘密/科学の謎
第7章 「見えないもの」の数学
第8章 「逸れていくもの」への関心
第9章 意識は数式で書けるのか
第10章 集合知と共生の条件
第11章 神とデーモンと変分原理
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裏表紙に「「カオス×編集工学」まだ答えの出ない最高の難問に挑む!」と書いてありましたが……まさにその通りの本で、今まで読んだことがなかったほどハイレベルな哲学的な深い対話に、本当に驚かされました。
「第1章 カオスと複雑系の時代で」には、本書の目的が次のように書いてありました。
松岡「(前略)数学を武器にして科学的思考を大事にしてきた津田さんと、言語を武器に編集的な世界像をスケッチしようとしてきたぼくとで、理科的思考の来し方と行方について対話をしたい。」
……この章では津田さんがカオスについて、次のように語っています。
津田「(前略)普通、カオスにノイズをかけると、そうでなくとも乱雑なカオスがもっと乱雑になると思っている人が多いんですが、必ずしもそうではなくて、カオスはノイズをかけるとわりと秩序化すると言ったんです。」
……カオスはノイズをかけると秩序化するんですか……。
そして「第2章 「情報」の起源」でも、印象的な会話をたくさん読むことが出来ました。ちょっと長いですが、そのうちのごく一部を抜粋して紹介すると次のような感じです。
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松岡「(前略)情報が生命体の複製によって生まれたのだとしても、その前に何か元素とか物質というものがあるので、その並びの中にすでにある秩序というものが生まれているはずです。」
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津田「(前略)いろんな物質世界でおこっていることを人間の脳という情報系を通して見るとき、物質がその時間でする経験を圧縮することによって時間圧縮する機能を脳は持っているようです。だから逆に、そこにこそ情報が出ているんだと思うんです。おこっている相互作用の時間を基準にするように圧縮することで、ある意味でまったく別の情報が出てきているのではないか。つまりそれは、結局は脳の問題なんですね。」
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津田「(前略)自然界では、どんな物質でも放っておけばエントロピーが増大して無秩序な方向に向かいますが、でもカルノー・サイクルにおいては、断熱過程を入れているのでエントロピー変化はゼロになる。つまり、そのぶんだけ有効な「仕事」が得られるというわけです。」
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津田「(前略)無機物の世界では、状態を放っておいたらエントロピー増大になってしまって、どんどん無秩序になってしまうけれど、生物だけはエントロピーを減少させる方へ、秩序を作る方へ向かっている。そのエントロピーを増大させない仕組みは、物理においてはカルノー・サイクルによって実現できる。」
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松岡「(前略)「情報の起源」というのはおそらく、まず何かが宇宙からはぐれて、地球条件と太陽系の熱力学的な条件をうまく活かしながら、伏見さんのいうような仕事ができる「エンジン」と、津田さん専門の「スイッチ」のようなものを生み出した。この二つの存在によって、簡単にいえばゼロイチが作れるようになり、やがて抑制反応と興奮反応によって情報処理が進み、時間はちゃんと管理できるようになったということになります。さらに、生態系の膜が内側と外側を分けて、外のものを取り込み、中のものを吐き出すようなことをし始めるわけですが、それによって無秩序から秩序が生まれるような自己組織化に当たるプロセスが生まれるのだというシナリオです。」
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……話が高度すぎて全部を理解できる気があまりしませんでしたが、考えるためのヒントをたくさんもらえる感じがして、読んでいるとなんだか気分が高揚してきます(理解できなくて、もどかしい感じもありますが……)。
さらに「第3章 編集という方法」では……
松岡「(前略)編集は並べ替えたり組み直したりして何をするかというと、新たな理論を構築したり新たな新説を提案しようというのではないんです。文明や文化の進捗の中どんな方法が有効になっているのか、その方法に着目することによって新たな現象や未知の現象にどんなアプローチが可能なのか、そこを励ますんです。」
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また「第4章 生命の物語を科学する」では……
津田「(前略)生命システムというものも、何か拘束をかけてちょっと運動を制限してやると、すごく機能を発揮するところがあります。
たとえば、幹細胞に物理的な圧力をかけてやると、細胞が分化したりする。ある大学の先生が、二、三年前に幹細胞に振動を与える実験をしたところ、幹細胞が筋肉を作る細胞に分化した。だから、何か未分化のものに拘束をかけて分化していく過程というのは、きっと普遍的なんだろうと思います。おそらく実際の生物の進化過程においても同様のことがおこってきたのではないか。何らかの拘束がかかって、そこから生命が分化していった。それこそが進化なのではないかと思うんですね。」
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津田「(前略)なぜ進化が起こりうるのかというと、やっぱり初期値を選ばなきゃいけないからです。生命過程はカルノー・サイクルから卒業して、非平衡にしてエントロピーを下げるような系を作ったわけです。これはいい初期値を選べるかどうかの問題です。そこで淘汰圧がはたらいて、いい初期値を選んだやつだけが残った。」
松岡「残ったやつがいたから、それが初期値になったともいえるよね。文化史はほとんど、そういう決まり方です。」
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……というように、興味深い話題がいっぱい。仮説にすぎない話も多いようですが、どれも深く考えた上でじっくり構築してきた仮説のようで、なるほど……と考えさせられました。ただ……お二人の知的レベルが高すぎて、残念ながら理解が追いつかない感じでもありましたが(泣)。
今まで読んだことがないほどハイレベルな科学的哲学談義だったと思います。「何かについて深く考える」という実例を見せてもらったような気がします。研究者の方や専門家の方は、ぜひ一度、読んでみてください。自分の専門分野にも活かせるヒントを拾えるかもしれません。
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