『文化財と標本の劣化図鑑』2023/10/10
岩﨑 奈緒子 (編集), 佐藤 崇 (編集), 中川 千種 (編集), 横山 操 (編集), & 1 その他

 80あまりの劣化した文化財や標本、資料などを写真で紹介してくれる図鑑パートと、劣化の原因や処置の仕方などの具体的な処方箋のパートの二部構成になっているオールカラーの『文化財と標本の劣化図鑑』で、主な内容は次の通りです。
【図鑑】
I 虫の被害
II カビの被害
III 光による劣化
IV 湿度による劣化
V ホコリの被害
VI 化学的劣化
VII 経年劣化
VIII 材料の性質に由来する劣化
IX 管理に由来する劣化
X 処置に由来する劣化
【処方箋】
1 土製品・石製品の劣化
2 金属製品の劣化
3 木製品・染織品の劣化
4 紙や絹資料の劣化
5 液浸標本に生じる劣化
6 液浸標本の容器にまつわる劣化
7 標本の虫害,カビ害による劣化
8 はく製標本に生じる劣化
9 骨格標本に生じる劣化
10 鉱物標本の劣化
11 近現代の資料の劣化:紙資料・画像と映像の記録媒体
12 近現代の資料の劣化:教育用掛図・模型
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「まえがき」には、次のように書いてありました。
「(前略)本書の目的は、犠牲となった文化財と標本を通して、劣化との戦いの過酷な現状を伝えるとともに、ものが劣化してゆく過程や原因について、様々な具体例を示しつつ解説することにある。」
 そして「総論」には……
「本書は、さまざまな種類の文化財や標本がどのように劣化するのかを、京都大学総合博物館の所蔵品により示した図鑑である。」
 本書では、実際にかなり劣化の進んだ文化財や標本の写真が、その原因ごとに並べられていて、じっくり眺めることが出来ます。
 虫食いが進んだもの、カビ、光、湿度、ホコリ、化学的劣化(錆など)、経年変化(接合はずれ、石膏劣化など)、さらには材料の性質に由来する劣化(シミが発生した原稿用紙など)、管理に由来する劣化(乾燥してしまった液浸標本など)、処置に由来する劣化(ポリ塩化ビニル製のボトルが紫外線で劣化など)……さまざまな文化財が、かなりひどい状態になっています(涙)……博物館の文化財も、「永遠」ではないんだなーという当然の事実に、あらためて気づかされました。
 そして【処方箋】では、【図鑑】で示された文化財などが、どのような原因でこのように劣化したかについて解説されています。【処方箋】とあったので、「魔法のように元通り」のものがあるのかと思いきや……残念ながら「元通り」になったものはありませんでした。
 ただし「こうなる前にどうすべきだったのか」については、アドバイスがあります。
 例えば「1 土製品・石製品の劣化」の「エジプト出土の土器」の場合は……
「(前略)埋蔵環境の影響で無機塩を含む考古資料は、湿度変化が大きく吸放湿が繰り返されるような保管環境下では、土器に含まれる塩が析出し、資料表面が劣化することがある。一般には、洗浄によって資料中の無機塩を除去する脱塩処理が行われるが、表面劣化が進行している場合などは、脱塩処理によるダメージが大きいため、資料を安定した湿度環境下に保存すること、また表面に析出した塩類については柔らかな刷毛で丁寧に取り除くことによって、塩害のさらなる進行を防ぐことが必須となる。」
 ……などのアドバイスがありました。
 基本的にはどの文化財・標本についても、「日々の観察により、劣化のサインを見逃さない」、「対象物に適切な環境を与える(温湿度、紫外線・塵埃を防ぐなど)」ことが重要なようです。
 また失いたくない画像や映像は、「デジタル化」して残すという方法もあります。
 一度劣化してしまった文化財や標本を修復するのは「専門家」に頼る他なく、保管方法・環境に注意することや、定期的にチェックして劣化する前に対処することが重要だということを痛感させられました。
『文化財と標本の劣化図鑑』……ここまで劣化した文化財や標本を見る機会はほとんどないので、貴重な図鑑だと思います。
博物館や美術館、資料館、図書館など文化財を所有する施設で、文化財や資料をどう工夫して守るかを具体的に詳しく解説してくれる本で、参考になりました。興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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