『錬金術の歴史: 秘めたるわざの思想と図像 (創元世界史ライブラリー)』2023/4/12
池上 英洋 (著)

 エジプトの冶金術から中国の錬丹術、アラビアの錬金術を経てルネサンス期に隆盛を見た西洋錬金術の歩みを、摩訶不思議な奥義書の図像とともに紐解いて、錬金術の謎を解き明かしていく本です。
「あとがき」に、この本の概要が簡潔にまとめてあったので、ちょっと長いですが紹介します。
「錬金術とは、もともとは金にあらざる物質を用いて金を精製する作業のことで、人類は古よりこの夢を追い続けてきた。それはエジプトの冶金術に始まり、キリスト教世界となった後のヨーロッパでも、形を少しずつ変えながら存続した。しかし所詮は不可能な作業のこと、かつてひとりの賢者だけが成功したとの伝説が生まれ、その奥義を記した数々の指導書は、意図的にわかりにくくするため摩訶不思議な図像であふれる結果となった。技術的なアプローチだったはずの錬金術は、ルネサンスの到来とともに求道的なアプローチの比重を大幅に増やしていく。そこには、古代ギリシャの両性具有体の神話に由来する「完全体」の思想があった。こうして近世における錬金術は、仏教の解脱にも似たグノーシス主義的理想を掲げ、メディチ家のネオ・プラとニズムの文化サロンを中心に隆盛を迎えた。
 しかし、錬金術は近代化学の母体ともなったが、化学が分離していくにつれ、残された部分の錬金術はおのずと寓意に満ちた求道的なものにならざるを得ず、徐々に神秘主義的なオカルト学とみなされるようになった。かつて薔薇十字軍が持つとされていた錬金術の思想は、近代に入って以降もフリーメイソンなどによって共有されていると言える。」

 この本では、このような錬金術の歴史を詳しく知ることができるだけでなく、『第4章 奥義書を読む』では、次のような代表的な錬金術の奥義書5つの謎めいた図を見ることもできて、興味津々でした。
1:『哲学者たちの薔薇園』
2:『太陽の光彩』
3:『神の贈り物』
4:『沈黙の書』
5:『逃げるアタランタ』(抜粋)
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 これら奥義書の図は、あらゆる錬金術書のなかで最も有名な『エメラルド板』の記述を図にしたという感じで、すごく謎めいています。あのニュートンさんも研究したという『エメラルド板』には複数のテキストが知られているそうですが、本書では、初期ジャービル文書の英訳から、次のものが紹介されていました。
「それは真理、確たるもの、疑う余地など無い。
 上のものは下のものから、下のものは上のものからもたらされる。ただひとつのものが起こしうる奇跡。
 万物がただひとつのものから生じたように。
 その父親は太陽、その母親は月。
 大地がそれを胎内に抱き、風がこれをその胎内で養う、
 大地が火に変わるなら。
 大いなる力をもって、かすかなものから大地を養う。
 それは地上から天へと昇って、上のものと下のものとを支配する。」
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 ……かなり謎めいた文章ですが、錬金術は「読み解く力がある者にのみ伝わればよく、その資格がない者にはむしろ内容がわからない方がよい」そうです。
 そして錬金術の元になった思想には、「世界が誕生した直後の完全性が、時間の経過とともに徐々に失われて劣化していく(金→銀→銅→鉄)」とか、プラトン哲学の「イデア(真に善で美なるもの(真善美)は形而上の世界にしか存在せず、わたしたちが見たり触ったりするものはすべてイデアの「似姿(エイコーン)・影」であり「ミメーシス(模倣)」にすぎない)」などの他、アリストテレスの「質料と形相」という概念などがあるようです。
 このアリストテレスの「質料と形相」とは、例えば、花瓶であれば、瓶が「形相(エイドス)=一種の概念的設計図」で、粘土やガラスが「質料(ヒューレー)」ということで、これが錬金術の理論の根拠になったのだとか。
「ある形相を現実態として持っている質料が、もし別の形相の可能態でもあるとすれば、その質料を現在の現実態から別の現実態へ導いてやることも可能ではないか。」
 ……なるほど……錬金術というと、化学というよりはオカルトに近いものだという印象でしたが……もともと冶金術などをルーツにしているので、現在の科学(化学)や医学に通じるものでもあったようです。
 そして現在の自分のことを考えてみても……例えば「量子力学」みたいな、ある意味訳の分からない理論を信じているのは……ひょっとしたら後世の人たちから見たら、かつての錬金術を信じていた人たちと同じに見えるのかも……とも思ってしまいました(苦笑)。
 しかも科学がどんどん発展してきた現代では、ひょっとしたら錬金術が復権するかもしれません。本書でも次のように書いてありました。
「そして興味深いことに、物理学の世界では、金の生成が中性子線の照射などによって理論的には実現できる可能性が提起されている。かつて自然科学の進歩によって否定された錬金術は、その自然科学の手によってついに当初の目的を達成するかもしれないのだ。」
 ……科学の発展が、錬金術が目指していたことを可能にするなんて……なんか面白いですね!
 その一方で合理主義者の私としては、『エメラルド板』や奥義書のあまりの訳の分からなさについて、こんな風に「どのようにでも解釈できる謎めいた書物」は、一見豊富な情報が盛り込まれているように見えても、実は情報量はゼロで、読み解こうとするのは無駄なのでは? とも思ってしまいます。もっとも「奥義書」というのは、その読み手に「謎を解こうとする意志(方向性)」を生み出すことで、読み手をより高い次元へと導いてくれるものかもしれませんが……。
 とても興味津々な内容満載の『錬金術の歴史: 秘めたるわざの思想と図像』でした。錬金術の元となる思想や、歴史を知ることができて、なんだかちょっぴり教養が高まったような気がします(たぶん気のせいですが……笑)。みなさんも、ぜひ読んでみてください。
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