『アバターと共生する未来社会』2023/6/26
石黒 浩 (著)

 アバター(分身)を使って、メタバースの世界だけでなく、実社会でも、別のキャラクターとして遠隔地で仕事をしたり、家にいながらにして趣味の仲間と旅行をしたり、AIと協業したり……姿や年齢を超えた多彩な人生を体験できる時代をつくろうとしている本で、内容は次の通りです。
第一章 アバターとは何か──実世界でも稼働する遠隔操作が可能な分身
第二章 アバター共生社会が目指すもの
第三章 ムーンショットが進めるアバター研究
第四章 技術の社会実装──AVITAの取り組み
第五章 仮想化実世界とアバターの倫理問題
第六章 さらなる未来──大阪・ 関西万博とアバター
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「第一章 アバターとは何か──実世界でも稼働する遠隔操作が可能な分身」によると、アバターとは、ユーザー(操作者)の分身となるキャラクターのことだそうです。次のように書いてありました。
「(前略)アバターとは、一般的にはゲームやネット空間において「自分の分身になるキャラクター」という意味だと理解されている。しかし「自分の分身」として動かすという意味では遠隔操作型ロボットも同じであり、やはりアバターなのである。」
 なお著者の石黒さんは、実在の人物に酷似した外見を持つアンドロイドの「ジェミノイド」で有名な方で、ご本人そっくりのジェミノイドの他、夏目漱石さん、マツコ・デラックスさんにそっくりのジェミノイドも制作していて、これらは遠隔操作ロボットアバターの代表です。なお自律型ロボット、遠隔操作ロボットとは次のようなものです。
「(前略)自律型ロボットとは、搭載されたセンサーで環境を認識し、自らがその結果を解釈して、自律的に行動するロボットである。
 一方で遠隔操作ロボットとは、無線やインターネットを通して、ロボットのセンサーの情報を操作者が受け取り、操作者がその情報を解釈し、次にロボットは何をすべきかを考え、再び無線やインターネットを介して指令を送るという、操り人形のようなロボットである。」
 本物の人間そっくりのジェミノイドは、遠隔操作でありながら、人と人との生の関わりの臨場感に近いコミュニケーションを可能にするアバターですが、石黒さんは、その反対の、まったく無個性なロボット、テレノイドも制作しています。次のようにありました。
「ジェミノイドとテレノイドは、対照的なアプローチから生まれた。
 今日のアバターの制作・運営においては、ジェミノイドのように「情報量を増やして人間らしさを徹底的に再現する」という方向性だけでなく、テレノイドのように「あえて情報量を削ぎ落とすことによって接する人の想像力を喚起する」という手法も重要になる。」
 そして実世界でアバターが生身の本人と違う見かけで活動することのメリットには、次のものがあるそうです。
1)現実世界と別の空間を用意する必要がない。
2)時と場所、機能や役割に応じて最適な見かけのアバターを使える(生身の本人の見た目に左右されない)
3)効率的に仕事できるので、少ない人数でも仕事の幅を広げられる
4)用途や操作者の適性に合わせたモダリティの組み合わせを選択できる
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 アバターは必ずしも自律型である必要はなく、次のような「半自律」の使い方もできるのだとか。
「(前略)基本的にはロボットアバターに自律型で接客対応や商品説明をやってもらい、AIが対応しきれないややこしい場面になった段階で遠隔操作に切り替えるという「半自律」が実現できれば、十分効率的に仕事できる。ひとりで複数のアバターを同時に使い、生身の人間が働く以上の生産性向上を図ることもできる。」
そして「第二章 アバター共生社会が目指すもの」には、アバターはある意味で永遠の若さを可能にし、生身の身体の能力が衰えても、肉体労働も知能労働もアバターを使った仕事は可能だと書いてありました。
 その他、例えば学校での家庭教師モデルに近い教育や、いじめ問題への対策、身体がつらくて病院に行けないときに医者が遠隔で患者の自宅に行く新時代のホームドクター制の実現などにも寄与できるとありました。
 ……かなり未来的な感じですね!
石黒さんは、このような社会を実現するには、新しいことへの日本人の「様子見」マインドの打破が必要だと感じているようです。
「日本社会は「規制がないと動けない」体質になっている。「自由に振る舞って新しいことをしよう」という発想が希薄である。(中略)そうこうしているうちにほかの国に先を越される、これを繰り返してきた。(中略)
 このような「規制ありき」のやり方は、いい加減やめにしたい。
なぜなら第一に、最初から規制でがんじがらめにするやり方では、新しい産業が生まれないからだ。たとえ生まれたとしても外国の先行事例の後追いになってしまい、小粒な成功しか勝ち得ない。(中略)
 また第二に、ビジネスとは関係なしに、「縛りありき」の窮屈な社会制度、社会の風潮は、「どんな人であっても自在に生きられる社会を作る」という理念とも整合しない。」
 ……うーん、確かに……。
 さらに「第三章 ムーンショットが進めるアバター研究」では、「誰もが自在に活躍できるアバター共生社会の実現」の一プロジェクトとして、ソータ(アバターロボット)約100台を、さまざまな実フィールド(商業施設、教育施設、公共交通機関等)に設置し、遠隔からサービス提供を実施する実証実験プロジェクト(Sota100)で得られた知見が、「第四章 技術の社会実装──AVITAの取り組み」では、アバター共生社会の実現を高めるために、石黒さんが2021年6月に設立した会社AVITA(アヴィータ)の取り組みが、紹介されています。
 ロボットのアバターと共生する未来社会について、具体的に詳しく語ってくれる本でした。とても興味津々な内容が多くて、どんどん読み進められました。が……。
 ……個人的には、アバターはすでに「ロボット」のような3次元の立体物である必要はなくなっているのでは? とも思ってしまいました。
 本書でも、新型コロナウイルスの流行に伴って、社会が次のように変わったことが書いてありました。
「コロナ禍になって需要が爆発したのは遠隔操作ロボットではなく、Zoomや、Google Meet、Microsoft Teamsのようなウェブ会議サービスであり、Slack、Discordといったチャットや音声コミュニケーションのツールだった。そしてこれらを併用したリモートワークが、全世界的に定着した。」
 そして今、メタバースなどの「仮想環境」も、私たちの社会にじわじわ入り込んできつつあります。パソコンなどの「画面内で話すキャラクター」に、人々は適応しつつあるのです。画面内で「自分に似ているキャラクター」を作るのにコストはあまりかかりませんが、「自分に似ているジェミノイド」を作るコストは大きいことを考えると……やはりジェミノイドは、特殊なケースでしか使われないのではないかと思います。
 そしてもっと安価なテレノイドの方も……例えばレストランのメニュー注文用の機械を考えてみても、ロボット型のテレノイドと会話して決めるよりも、画面に一覧を出してくるタブレットの方が効率的に使いやすいし、システムも安価ですむので……一般化することはなく、「テレノイド」でなければならない機能(例えば「抱きしめると癒される」など)が必要とされる介護現場など、かなり限定的な場所での利用になるような気がします。
 ということで、ロボット型のアバターが普及することは難しい気がしますが、仮想型のアバターの方は普及する可能性が高いと思います。銀行や市役所の窓口が、タブレット端末化してしまう日は来るかもしれません(だったらネットで十分では? と思うかもしれませんが、窓口のメリットは、「自宅にネット環境がなくてもその場所のシステムが使える」、「トラブル時には人間が対応してくれる安心感がある」、「冊子や物資などの現物をその場で受け取れる」ことにあります)。また教育現場でも、何らかの原因で引きこもりになってしまっている子どもたちが大勢いることを考えると、彼らにアバターなどを活用した「遠隔授業」の機会を与えられるといいなと思います。
 さて本書の「あとがき」には、次のように書いてありました。
「人間は、知能や身体の限界を克服し、さらに能力を拡張していく。そして、今よりも空間や時間の制約から解放されていく。それが人間の進化であり、人間の未来であると思う。」
 ……まったく、その通りだと思います。
 未来社会がどう進んで(変わって)いくのかを考える上で、とても参考になる本でした。興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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