『名画の読解力 教養のある人は西洋美術のどこを楽しんでいるのか! ?』2018/9/19
田中 久美子 (監修)
作品の背後に語られる物語、描かれた人物やモチーフの意味を読み解くことで、より深く名画を鑑賞する『名画の読解力』を高める方法を教えてくれる本です。冒頭には、15ページのカラー写真があり、本書で紹介されている名画の一部をカラーで見ることもできます。
「はじめに」には、本書の概要が、次のように紹介されていました。
「本書は4章から構成されています。まず第1章では美術史の時代変遷を、絵画を中心に解説します。(中略)第2章は宗教画を取り上げます。旧約聖書・新約聖書を典拠とするテーマを取り上げ、そこで紡がれるイスラエルの民の歴史とキリストの生涯を絵画作品で辿っていきます。第3章は神話を取り上げます。ギリシアの神々や英雄たちはどこか人間的で、笑いあり涙ありの物語を紡ぎます。(中略)
第4章はちょっと手の込んだ応用問題です。いろいろな「物語を紡ぐ絵画」を取り上げます。」
第1章は美術(絵画)史の時代変遷の解説。西洋美術史の概要を学ぶ(復習する)ことができます。
そして第2章からは、いよいよいくつかの絵画を取り上げて、具体的な解説が始まります。第2章は「宗教画」がテーマですが、本書でも「(前略)絵画はキリスト教の布教のために発展したといっても過言ではないほど、密接な関係があります。」と言っているように、宗教画には名画が多いので、それを読み解くために「聖書」の知識が欠かせないと思います。……とはいうものの、個人的に宗教にはあまり詳しくなかったので、この章はとても参考になりました。
例えばあの、ヴァティカンのシスティーナ礼拝堂天井画、ミケランジェロの大作『天地創造』の9画面を読み解くには、『創世記』の内容を知っていることが必須になるそうです。その『創世記』については、次のように紹介されていました。
「(前略)『創世記』は次のことばで始まります。
「初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。『光あれ』こうして、光があった。神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一日のことである。」
そして9画面がそれぞれ解説されるのですが、なんとミケランジェロは、9画面を創世記の順番とは異なる順番で描いているそうです(……そうだったんだ……知りませんでした)。それはミケランジェロが、洪水の場面を大きく描きたかったため、そのような構成にしたと考えられているのだとか。
またホセ・デ・リベラの『ヤコブを祝福するイサク』という絵では、老人が、若者の腕(毛皮を巻き付けてある)を触っている場面を描いているのですが、これはイサク(老人)の家督相続をめぐる一場面なのだそうです。
自分の死が近いことを悟ったイサクは、双子の息子のうちのエサウを祝福し家督を譲ろうと考えていたのですが、彼が「狩りで得た獲物で私の好きな料理を作り、持ってきてくれたら祝福を与える」とエサウに言っているのを聞いた妻のレベカが、エサウが狩りに出かけた隙に、目の見えないイサクに、エサウだと思わせて、もう一方の双子・ヤコブの方を祝福させようとして、ヤコブの腕に毛皮を巻き付けさせて騙そうとした(エサウは毛深かったため)……というエピソードを描いたものなのだとか。
なるほど……このエピソードを知った上で、この絵を見直すと、若者ヤコブの背中に手をあてて励ましている母親の心配そうな顔に、緊張や恐れなどのいろんな感情も読み取れて……本当に素晴らしい作品だなあ、とあらためて感動してしまいました。
このように、絵画を読み解くには、その絵画に描かれた「物語」や、絵画に描かれている人物や物の「アトリビュート」と「シンボル」を知ると良いそうです。
アトリビュートとシンボルというのは……
「アトリビュートとは日本語で「持物」と訳されますが、その名の通り、その人が誰なのかを示す持ち物のことです。たとえば、街中で警察官と会ったときに警察官だとわかるのは、その人が制服に身を包み、警棒や拳銃を持っているからです。それらが目印となり、知らない人であっても、「あの人は警察官だ」と分かります。(中略)
一方、シンボルは時としてアトリビュートと混同されますが、ある概念を言葉やもので喩える「象徴」のこと。たとえば、四葉のクローバーは幸運の象徴ですし、鳩は平和の象徴です。(中略)ただ、シンボルは単体として機能しますが、アトリビュートは明示する人物が必要となりますので、それを判断の材料にするといいでしょう。
日本人には見慣れない宗教画も、「登場人物が誰なのか」「これは何を象徴しているのか」などを読み解くことができれば、一気に距離が縮まるはずです。アトリビュートやシンボルへの理解は、宗教画鑑賞のハードルを下げてくれることでしょう。」
……この例として、白い百合とともに描かれた女性は「聖母マリア」、鷲や雷とともに描かれた男性は「ゼウス」、月桂樹の冠と竪琴なら「アポロン」など、さまざまなものが紹介されていました。
また描かれているモノや配置によっても、その絵がどんな物語の何のシーンを表しているのか、などが分かるそうです。
例えば、宗教画の聖女が赤い服に青いマントを羽織っていたら、それは聖母マリアを表しているとか(赤は神の慈愛、青は天の象徴)、そこに白い百合が描かれ、天使がお告げをしているようなシーンなら、その絵は「受胎告知」の場面を描いたもので、天使はガブリエルだと特定できるとか、読み解けるそうです。
またイエスの磔刑図では、イエスから見て右側(向かって左)に救済される罪人(善)、左側(向かって右)に救済されない罪人(悪)が配置されることが多いようで、『最後の審判』などでも、同じ配置になっているそうです。
……なるほど。基本的に絵画は、単純な「好き嫌い」で鑑賞するのが一番楽しいと思っているのですが、こういう知識があると、より深く絵画鑑賞が出来るようになるのでしょう。
同じように、第3章ではオリンパスの神々の名前とアトリビュートについて知ることができました。
そして最終章の第4章では、ベラスケスの『ラス・メニーナス(女官達)』や、フェルメールの『絵画芸術』などの有名な名画を、じっくり読み解いてくれます。
ここで一番楽しかったのは、やっぱりピーテル・ブリューゲル『ネーデルランドの諺』。たくさんの諺が描き込まれている絵ですが、いつ見ても、「ウォーリーをさがせ!」みたいで、とっても楽しい絵です(笑…この絵は、ジグソーパズルでやると楽しそう)。これには、なんと100近いネーデルランドの古来の諺が描きこまれているそうですが、ここでは代表的な10個のものについて解説してくれます。この絵が白黒写真なのが、ちょっと残念。大きなカラー写真で見たかった……。
知識とともに名画を鑑賞することで、「本物みたい」とか、「色がキレイ」とか感じるだけでなく、「この人物は聖母マリアだから、このシーンは……」とか、「これが描いてあるということは……」とか、絵の中に込められているメッセージを探して読み解くという、知的な楽しみを味わえるようになる……そんな『名画の読解力』を高めてくれる本でした。興味のある方は、ぜひ読んで(眺めて)みてください。
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