『意識をゆさぶる植物──アヘン・カフェイン・メスカリンの可能性 (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズⅣ)』2023/5/24
マイケル・ポーラン (著), 宮﨑 真紀 (翻訳)

 人間をとりこにする植物たちの生存戦略の賜物……それは毒か、恵みか? 精神活性物質を含む植物「ケシ」「コーヒーノキ」「ペヨーテ」が私たちの意識にもたらす「変容」をみずから体験し、その効果と意義を解き明かしてくれるノンフィクションです。
 植物由来の世界3大薬物には、次の種類のものがあるそうです。
1)アヘン(鎮静系):ケシの実
2)カフェイン(覚醒系):コーヒーノキ、茶
3)メスカリン(幻覚系):ペヨーテ(サボテン)
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 これら3種類の薬物を、ポーランさん自身が試した状況を教えてくれます。『意識をゆさぶる植物』というタイトルだったので、薬物によって人間の意識がどう変わり、知覚系とどう生化学的作用をするのかを詳しく教えてくれることを期待したのですが……コーヒー以外の2つについては、あまり生化学的な詳しい解説はありませんでした。もっともアヘンは合法性の面からは限りなく黒に近いグレー(自宅の庭のケシ)、メスカリンは民族文化のために違法ではない、というものなので、書籍という形で一般公開することが困難なのかもしれませんが……。
 ということで、「意識」面での効果の概要は、次のようなものでした(なお、アヘンとメスカリンは初めての摂取体験、すでに日常的に摂取していたコーヒーは「コーヒー断ち3か月」体験です。本書内ではもっとずっとリアルで詳しい説明があります)。
1)ケシ(自宅の庭から芥子茶作成):最初はまずくて吐き気がし、それから不安や憂鬱が取り払われ、二時間目ごろからエネルギーがみなぎってきた。
2)コーヒー(断ち):初日が最もつらく、日常が何もかもどんよりする(集中力散漫、意欲の減退、自信喪失など)、数週間すると、ほぼ普通に首尾一貫して物事を考えられるようになり、ぐっすり眠れるようにもなる。
3)メスカリン(儀式用ではなく合成のメスカリン):感覚が全開になり、圧倒的な現実感が押し寄せてくる(目をとじてもイメージに圧倒される)。この圧倒感は長続きしなかったが、その効果は12時間ほど持続した。
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 なお、ケシとメスカリンは試しただけで常用していないので、効き目が終わった後の状況や禁断症状などの報告はありませんでした。
 コーヒーについては、3か月後にコーヒー断ちを終了させた最初の一杯は信じられないほど美味しくて、頭のもやが晴れ高揚感があったそうですが、逆に「これでいいのか」という思いも抱えつつ、いろんなことを精力的にやってしまったとか(笑)。
 またメスカリンについては、ネイティブアメリカン風儀式に参加する機会も得て、その時の状況も報告されています(薬草を使ったグループセラピーという感じでした)。
このあたりの描写は、自ら試した人ならではリアリティが凄かったので、興味があるかたはぜひ本書を読んでみてください。
 さて、本書のメインテーマは、「植物がどう意識をゆさぶったか」というよりは、意識を変容させる植物と私たちの社会との関わりについてだったように思います。「序章」には、違法薬物とは政府がそう定義するものだとして、次のように書いてありました。
「(前略)社会のスムーズな働きを阻み、時の権力者の利益に反するような、意識を変化させる力を持つ物質。たとえばコーヒーや茶はさまざまな意味で資本主義に広く与し、とくに労働効率を上げるという利点があるため、禁止されるおそれはまずないが、幻覚剤はカフェイン同様無害で、しかも依存性ははるかに低いにもかかわらず、少なくとも西欧社会では一九六〇年代半ば以降、社会規範や制度への脅威とみなされている。」
 ……アヘンケシからつくられるモルヒネ、コーヒーや茶に含まれるカフェイン、ペヨーテやサンペドロ(多聞柱)のようなサボテンで生成されるメスカリンは、「毒」だけでなく「薬」としても使われるので、「薬物のことを考えるとき、何事も一筋縄ではいかない。」ようです。
 例えばアヘンについては、過去には戦争までもたらし現在でもほとんどの国で違法なので、本書でもその取扱いにかなり苦心しています。ここでは一般の庭にも咲いているケシを自分の庭に植えて、それから芥子茶をつくっているのですが、そのためのアドバイスをしてくれた人が麻薬関連で警察に逮捕され、ポーランさんは逮捕への怯えや悪夢に苦しめられることになります。そんなに苦労して作った芥子茶も、「二時間目からエネルギーがみなぎってくる」勢いで一気にやってしまったのは、そのケシを処分してしまうことでした(笑)。
 またペヨーテについては、インディアンにとって重要なペヨーテ儀式をめぐって、白人による先住民迫害の暗い歴史についても書かれています。
 そして「合法的」に摂取可能なコーヒーについては、記憶力や集中力、鋭敏さ、警戒度、注意力、学習力といった認知力のさまざまな数値を向上させるという研究結果が出ている一方で、睡眠を阻害するというマイナス面があること(弊害)も書いてありました。
 とても興味深かったのは、西洋でコーヒーが初めて飲まれるようになった頃の話。
「ヨーロッパでは、コーヒーや茶が登場するまでは、朝も昼も夜もアルコールが飲まれていた。(中略)とくにイギリスでは、矢継ぎ早に酒が出されるために一日じゅう頭がぼんやりしているありさまだった。」
「(前略)数字を相手にする事務員にとっては、飲むと目が覚め、集中力が高まり、あらゆる面で頭が冴えるコーヒーは理想的な薬物だった。」
カフェイン(+砂糖)が労働者の空腹の苦しみを鎮めることで、資本家の労働者搾取に役立っただけでなく、機械をうまく扱える有能な労働者も生み出して、これが産業革命に役立ったということのようですが……もしかしたら、産業革命だけでなく、この後の爆発的ともいえる科学の進展(IT化)なども、カフェイン抜きには起こらなかったのかも……と妄想してしまいました。カフェインの魔力、恐るべしですね!
 それでも……たとえ現在の「睡眠不足の蔓延」を引き起こしたのがカフェインだったとしても、アルコール漬けよりはカフェイン漬けの方が、生理学的にもずっとマシのような気がします。コーヒー万歳☆ (なおカフェインについては、生化学的な解説がたくさんありました)。
 またかなり興味津々だったのが、メスカリン摂取後の「知覚全開」状況の記述。これは恐らく脳内の知覚の神経系を一気に活性化する働きがあるのでしょう。もしかしたら精神障害の治療に役立つのかもと思う一方で、正常な人がこれを使い続けると神経系を疲弊させて「異常」に至らせてしまうんだろうなーと思ってしまいました。
『意識をゆさぶる植物』。とても興味津々な内容でした。コーヒー以外は、試すことで得られるプラス効果に対して、マイナス(リスク)が巨大過ぎて(特に依存性が発生するのが怖い)試す気にもなれませんが、それだけに、とても貴重なレポートだと思います。興味がある方は、ぜひ読んでみてください。
 最後に、しめくくりとして、本書からの次の文章を……
「(前略)ケシの花について言えることは、植物からもたらされるあらゆる薬物についても言えるのだ。つまり、それは味方であると同時に毒でもあり、それと健全な関係を築けるかどうかは使うわれわれ次第なのである。」
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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