『偽情報と独裁者: SNS時代の危機に立ち向かう』2023/4/25
マリア・レッサ (著), 竹田 円 (翻訳)

 2021年にノーベル平和賞を受賞したジャーナリストのレッサさんが、フィリピンの独裁者や、偽情報の拡散を許容し続けているSNSとの闘いの記録を語ってくれる本です。
訳者あとがきに、本書の概要がありましたので、まずそれを紹介します。
「マリア・レッサはふたつの戦場で戦っている。ひとつは、強権的な手腕で知られる元フィリピン大統領ドゥテルテとの闘い、もうひとつは、デジタル独裁、具体的にはフェイスブックとの戦いだ。非常な麻薬撲滅戦争で知られるドゥテルテは、ソーシャルメディアを巧みに利用して、大統領の座を手に入れ、独裁体制を強化した。フェイスブックは、フェイクアカウントによる偽情報の拡散、恣意的な世論操作、さらには、インターネットで煽られた怒りと憎しみが、現実世界のヘイトスピーチや暴力行為に力を変えていく状況を許容して、世界中で独裁者が台頭し、権力を強化する後押しをしている。」
「本書は、一般市民に力を与えるはずのソーシャルメディアが、一般市民を弾圧する独裁者の武器にいつのまにか変わっていった過程を、緊迫感あふれる筆致で克明に描き出している。いまやソーシャルメディアは独裁者やポピュリストの政治の道具となり、人種差別、ヘイトスピーチ、陰謀論、偽情報の拡散と、それらがもたらす社会の分断に貢献している。」
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 この本は、本来法律を守る側にあるはずの大統領や政府機関が、自らの主張や利益のために嘘をばらまき卑劣な方法で対立する者を攻撃するという恐ろしい状況と、それを放置することで結果的に偽情報の拡散を手助けしているソーシャルメディアの姿が赤裸々に描かれていて、こんなことが、もしも日本で起こったら……と背筋が寒くなりました。
 そして本書は、恐ろしい状況を知らせるだけでなく、私たちがどうすべきかについても助言を与えてくれます。
「第12章 なぜファシズムが勝利をおさめつつあるのか――協力、協力、協力」には、次のように書いてありました。
「ほかの国にいる人々も、私たちが掲げる三本の柱、テクノロジー、ジャーナリズム、そして、反撃しながら前進する共同体について、同じように対処してくれることを願っている。
第一に、私たちはテクノロジーに説明責任を要求しなければならない。(中略)
 第二の柱が、調査ジャーナリズムの保護と育成だ。その世界的取り組みのひとつが、私も設立に尽力した「インターナショナル・ファンド・フォー・パブリック・インタレスト・メディア(公益メディアのための国際基金)」だ。(中略)
 第三の柱のために、私たちは活動のための、どんどん大きくなっていく共同体の建設を続けている。合言葉は、協力、協力、協力。まずは最前線にいるジャーナリストを守るために、世界中で協力しよう。」
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 レッサさんたちは、次のように、まず自分のニュースサイト「ラップラー」の意識改革から始めました。
「(前略)私たちは、データのパイプラインによってつながった、連携する四つの層を作り出した。このシステムが機能すれば、より短時間で、嘘を訂正し、市民社会の活動を促し、法制度は「免責」を阻止できるようになるだろう。私は、規模、影響、抑止という三つの目標を定めた。
 土台になるのは、もはや風前の灯火も同然のジャーナリズムの核心、ファクトチェックだ。」
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「それでは独裁者に立ち向かうにはどうすればいいだろう。
 これまでにあきらかにしてきた価値観を受け入れるのだ。(中略)すなわち、正直になり、鎧を外し、相手の立場になり、感情に流されず、恐怖を受け入れ、善を信じるのだ。ひとりでは立ち向かえない。チームを作り、自分の影響力がおよぶ範囲の足固めをする必要がある。明るく輝く点と点をつないで、網を組んでいこう。」
「(前略)解決策はある。長期的に見て、もっとも重要なのは教育だ。だからいますぐ取りかかろう。中期的には、ヴァーチャル世界に法の支配を回復するための法整備と政策が必要だ。私たちを引き裂くのではなく、私たちをつなぐインターネットのヴィジョンを作ろう。短期的には、いま、私たちが立ち上がるしかない。合言葉は、協力、協力、協力。そして協力は信頼からはじまる。」
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 ……フィリピンはネットワークの利用者がとても多く、インターネット詐欺の最大の温床にもなっているそうです。フィリピンにはインターネットに関する規制がないも同然で、あったとしても実際には機能していないのだとか……フィリピンの事情には詳しくないので、政府機関やソーシャルメディアが、本当に不正に加担しているのかどうかの判断はできませんでしたが、少なくとも、正しいことを行う人が、偽情報で攻撃される(捏造された犯罪で逮捕される)ことは、決してあってはならないことだと思います。
 レッサさんが言っているように、「ジャーナリストは、「人の話に耳を傾け、議論を戦わせ、妥協点を見出す」という民主主義が共有する文化の一部」なので、民主主義を守るためにも、公平な視点から「事実」を伝えてくれるジャーナリストを保護しなければならないと思います。レッサさんは次のようにも語っています。
「すぐれたジャーナリズムは証拠を、すなわち、紛れもない事実を頼りにする。
 すぐれたジャーナリズムとは、厳格な倫理規定マニュアルの下に運営され、ニュース編集室全体が実行する職業上の規律と判断を意味する。」
 ……まさしくその通りだと思います。
 その一方で、フェイスブックなどのソーシャルメディアの巨大IT企業が、すべてのファクトチェックを行うことには、ちょっと無理があるかもしれないな、とも懸念してしまいます。
 私たちは、現在がそういう状況にあることを理解した上で、自ら「ファクトチェック」を行うスキルを高めていく必要があるのだと思います。そして正しい報道を行おうとしているジャーナリストも支援・保護していくべきでしょう。
 この本は、私たちの世界では、ロシアVSウクライナ以外でも、いろいろな恐ろしいことが起こっていることを、明らかにしてくれました。
 最後に、本書の「序章 透明な原子爆弾――(過去のなかのいま)この時を生きる」にあった文章を紹介します。
「私たちは過去の世界の瓦礫の上に立っている。私たちに必要なのは未来への展望と、あるべき世界の姿を――もっと互いを思いやり、もっと平等で、もっと持続可能な世界、ファシストや暴君をおそれないで済む世界を――想像し、創造していく勇気だ。(中略)
 民主主義はもろい。あらゆるもののために、あらゆる法律、あらゆる安全装置、あらゆる制度、あらゆるストーリーのために、あなたは戦わなくてはならない。」
 ……正しいジャーナリズム、民主主義を守るために、私たちのできることは何かを考え、行動していきたいと思います。
『偽情報と独裁者: SNS時代の危機に立ち向かう』……とても参考になり、考えさせられる本でした。みなさんも、ぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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