『エレクトリック・シティ:フォードとエジソンが夢見たユートピア』2022/5/26
トーマス・ヘイガー (著), 伊藤 真 (翻訳)

 新たな暮らしのモデルを提供する「夢の町」構想と、それを取り巻く濃密な人間模様を通して、第一次世界大戦直前から第二次世界大戦の開戦ごろの「ジャズ・エイジ」からニューディール政策へと転換するアメリカ社会を描いた傑作ノンフィクション、壮大な「見果てぬ夢」の物語です。
「狂騒の1920年代」、アメリカで最も影響力のある偉人、自動車王ヘンリー・フォードさん(と発明王トーマス・エジソンさん)がとてつもない「夢の町」建設プランをぶち上げました。巨大ダム、クリーンな水力発電、自家用車に幹線道路など、当時の最新技術を駆使して、アラバマ州テネシー川流域の貧困地帯を一大テクノ・ユートピアに変貌させようという壮大な構想。さらには強欲な金融勢力の支配を排除すべく、独自通貨まで発行するというのです。
 地元住民や同州選出議員たちはこの構想に希望を抱き、現地を視察に訪れた2人を熱烈に歓迎。その一方で、首都ワシントンでは一部の有力議員や慎重派がこれを巨大企業による詐欺まがいのスキームと見て猛反発しました。
 ユートピアか、いかさまか……両者の熾烈なバトルが10年以上にわたって繰り広げられた末に、フォードさんを警戒する共和党保守派の重鎮、クーリッジ大統領との取引が暴露され、「フォード構想」は突然の幕切れを迎えます。一時は大統領選出馬も期待されたフォードさんは、この攻防の間に進んでしまった科学的、技術的な進歩もあって、「夢の町」構想にすっかり熱意を失ってしまうのでした。
 ……という「見果てぬ夢」物語が、本書の2/3まで綴られています。この「夢の町」構想の壮大さと、その実現・阻止に向けた人々のさまざまな思惑のドロドロなぶつかり合いに驚かされました。
 この「夢の町」構想は、もともとはアラバマ州のマッスル・ショールズ周辺に建設された硝酸塩工場(第一次世界大戦への参戦に向けて急遽巨費を投じて作られたもので、ハーバー=ボッシュ法以前の古い化学技術のもの)というお荷物遺産と、その工場用電力のための世界最大級のダム計画を再活用して組み立てられた構想で、まだ計画段階のこのダムの巨大電力を活用して、「テネシー川沿いに高度に電化された未来型の田園都市」を作るという壮大なユートピア構想なのです。これをフォードさんたちが中心になって推進していこうとするのですが、民間企業のフォードさんの計画に「世界最大級のダム」の建設まで含まれていることに、本当に驚いてしまいました(もっともダム建設自体は政府の費用負担で行い、それを100年のリース契約でフォードが支払うという計画なのですが……この費用の見積もり金額が安すぎるなどの面もあり、議会で10年も激論が交わされることになりました)。……自動車王のフォードさんが特別な人なのかもしれませんが、アメリカ人の活力には凄まじいものがありますね!
 そして本書の残りの1/3は、この「見果てぬ夢」が潰えた後のテネシー川やマッスル・ショールズ周辺の話になります。ただの余談になるのかと思いきや……個人的にはむしろ、「その後」の話の方が読み応えがありました(笑)。
 なんと「見果てぬ夢」ではフォードさんの敵側だった上院議員のジョージ・ノリスさんが、テネシー川やマッスル・ショールズ周辺の新たな開発に尽力するのです。ノリスさんはもともと「大河川が生み出す莫大な力は、人々に属すべきもので、金持ちの金融課や大物経営者に乗っ取らせるわけにはいかない」という信念のもと、民間企業(フォードさんたち)ではなく、政府主導での開発を実現させるべく活動していたので、さらにこれを粘り強く続けた結果、ついに政府主導のテネシー川流域計画が開始されることになったのです。
 それがTVA(テネシー川流域開発公社)。なんとあのニューディール政策なのです!
 ああ! あの歴史の教科書で勉強した「ニューディール政策」は、こんな経緯で始まったんだ! と新鮮な驚きがありました(笑)。
 TVAは、水、土地、空気、さらには人間の能力を統合したテネシー川流域の近代化を精力的に推し進め、テネシー川流域は劇的に変わっていきました。
 しかも実はTVAには、治水と水運、産業と雇用の創出だけではない、もう一つの狙いがあったのです。それは「民間電力会社がいかに法外な料金を国民に押し付けてきたかを示す」こと! 政府主導で開発を行うTVAは、「電力の真のコストを示す政府の基準」を作ることで電力料金を下げ、さらにそれが使用量を増やすことで利益を生み、結局は誰もがみな利益を得られる好循環を作ることが出来る……そんな狙いもあったのです。
 うわー、すごいなTVAとニューディール政策! 確かこれを教科書で学んだ時には、「公金つぎ込みすぎ」批判もあったような気がするけど、やっぱり実績も凄かったんだ……と興奮ぎみに読み進めていたら、何やらまた冷たい空気が漂い始めるのです……。
 結果的にTVAは、「電力の真のコストを示す政府の基準」を作ることは出来ませんでした。考慮すべき変数が多すぎたのです。でもTVAが供給を始めた安い電力のおかげで、徐々に民間の電力料金も引き下げられることになり、それが使用量を増やし、より多くの家電が使われ……という好循環を生み出すことになりました。
 そしてテネシー川流域は確かに劇的に近代化が進みましたが、TVAの莫大な資源と数々のプロジェクトが、実際にどれほど地域経済に好影響を与えたのかについて、のちの歴史家たちは疑問を投げかけました。なぜなら……この時代、アメリカの他の地域もどんどん開発や近代化が進んでいたので、巨額の資金がつぎ込まれたTVAなしでも、それなりに近代化したのではないか、という疑問があるそうで……この問題の研究者たちは、これに明確な答えを出せていないそうです。……そうだったんですか……。
 この本は、テネシー川の一地点マッスル・ショールズの「小さい窓」を通して、第一次世界大戦直前から第二次世界大戦の開戦ごろのアメリカ近代史を生き生きと描きだしたもので、とても読み応えがありました。
「プロローグ」に、「この物語は詰まるところ、アメリカならではの楽観主義と変革の精神を浮き彫りにする――新しいことに挑戦し、新たなシステムを生み出し、新しいビジネスのやり方を試し、そして新たな暮らし方を身につけていく。そんなアメリカ特有の熱意だ。」とあったように、まさにアメリカ特有の熱気をまざまざと感じることが出来ました。
 また伊藤さんの「訳者あとがき」では、この「夢の町」構想に近いものが感じられる日本の「ウーブン・シティ(トヨタ自動車主導の未来都市)」建設についても解説があり、これもとても嬉しく感じました。たぶん多くの読者(私自身も)が、この『エレクトリック・シティ:フォードとエジソンが夢見たユートピア』で、日本の「ウーブン・シティ」を連想すると思うので(もちろん「ウーブン・シティ」は「見果てぬ夢」では終わらないと信じていますが)。
 この「訳者あとがき」では、本書の内容と著者についても、とても的確なまとめと解説をしてくれているので、本書を読もうかどうか迷っている方は、まず「訳者あとがき」を読んでみるのをお勧めします。
 とても面白くて読み応えのあるドキュメンタリー、『エレクトリック・シティ:フォードとエジソンが夢見たユートピア』でした。「見果てぬ夢(失敗例)」だったのかもしれませんが、全体として感じたのは、当時のアメリカ人の恐るべきバイタリティで、こういう人々が私たちの現代社会(めったに氾濫しない川、移動しやすい高速道路、家じゅうに溢れる家電など)の基礎を作ってくれたんだなーという感謝の気持ちがわきおこり……元気をもらえる歴史の本でした。かなり長くて読むのは大変ですが、みなさんも、ぜひ読んでみてください。
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