『進化論の進化史: アリストテレスからDNAまで』2022/6/8
ジョン・グリビン (著), メアリー・グリビン (著), John Gribbin (著), & 2 その他

 はるか昔から現代まで続く進化論の歴史を、数々の思索家や研究者の考え方や生き方を通して紹介してくれる本です。
 第1部は、ダーウィン以前の時代。
 古代ギリシャでは、哲学者たちが進化についていろいろな意見を抱いていたようで、例えばエンペドクレスは、グロテスクな原初の生命のうち、生命にもっとも適したものだけが生き延びて繁殖したと考えていたそうです。生物が進化するという発想は、紀元前からあったんですね……。
 その後キリスト教によって神による創成物語が信じられるようになりましたが、そんななかでも生物は長い時間をかけて進化と絶滅を繰り返してきたと考える人もいたそうです。進化の解明に向けた第一歩は、化石の研究によって踏み出されました。ロバート・フックは化石を顕微鏡で観察し、地球は当時の聖書学者が考えていた数千年よりはるかに古いに違いないと気づき、地質学にも影響を与えました。また植物をはじめとする生物を分類したリンネ、地質学の父と呼ばれるハットン、地質学の基礎を築いたスミスなどの研究もあり、進化論が生まれる素地がしだいに整ってきたのです。
 そしてライエルの『地質学原理』を携えて、ダーウィンはビーグル号で旅立ちました。
 第2部は、ダーウィンとウォレスをめぐる物語。
 生物が進化してきたことは、ほぼ事実だと受け入れられていたものの、創世記がまだ大きな力を持っていた科学界は、進化論を受け入れる状況にはありませんでした。
 そんななか、ダーウィンのお祖父さんのエラズマス・ダーウィン(医師で科学者)は『ズーノミア』という著書で、進化に関して、人間による選択交配によって新たな動物種が作られていることや、生物の特徴が親から子へ受け継がれていくなどのことを論じています。
 またラマルクやキュヴィエ、ローレンス、ウェルズ、マシューなどが進化に関して、それぞれの考えを発表し、トマス・マルサスが『人口論』を著しました。
 彼らの影響もあって、ダーウィンやウォレスたちが、「環境にもっとも適した(適応した)個体が選択されて生存・繁殖し、適応していない個体は途中で死ぬ」という考えを抱くようになっていくのです。
 ダーウィンは実際の観察結果から、多様性と自然選択に基づく種の起源の理論をじょじょに構築し、同じころ東方で冒険的な採取旅行を続けていたウォレスも、自らの観察からダーウィンとほぼ同じ理論を思いつきます。この二人の関係が、進化論を世に出す原動力となっていったのです。
 ここでとても興味津々だったのが、ウォレスの冒険的な浮き沈みの激しい人生! それなりに裕福だった父が資産を失っていったことで、教育は受けたものの貧しい少年時代を送ったこと、採集した動植物を売ることでなんとか続けられた冒険的探検旅行、苦しい生活のなかでも失わなかった野心と研究への情熱……せっかく採集した品々や資料が船の貨物室で全焼してしまったこともあります(涙)……まるで熱血冒険物語そのものの人生だったんですね……。
 この頃、自らの進化論を発表すべきか否かについて逡巡していたダーウィンは、ウォレスがほぼ同じ考えを抱いていることを彼からの手紙で知り、それに後押しされる形で二人の進化論を発表することになるのです。そしてついに、あの有名な『種の起源』が世に出されました。
 最後の第3部は、その後の進化論の進展。
 ダーウィン進化論のうち、自然選択の方は証拠によって裏づけられてきましたが、多様性がどうして起きるのかは不明なままでした。それが遺伝子の発見によって、しだいに明らかになっていく……DNAの発見、エピジェネティクスの発見など、進化論は現在でも進化し続けているのです。
 とても読み応えのある『進化論の進化史』でした!
 さて本書の冒頭の「進化とは」には、次のように書いてありました。
「(前略)ダーウィンの進化論は次のような一文に要約できる。「死んでしまう動物よりも生きつづける動物のほうが繁殖できるチャンスが高い」。あるいはこうも言えるだろう。「長生きすれば繁栄できる」。
 ……あれ? そうなんだ。「自然選択」っていうと「優れたものが生き残る」っていうイメージがあったけど、別に「優れて」いる必要はなくて、どんな方法でも「生きつづける」ことが重要ってことなのか……。
 そういう観点から本書を振り返ると、本書の「はじめに」にあった、
「1859年当時、自然選択による進化という考え方はすでに機が熟していて、ダーウィンとウォレスのどちらかが考えつかなくてもほかの誰かがすぐに思いついていただろう。(中略)ではどのようにして実際に知られているとおりの経緯に至ったのか? なぜ種の起源の理論はウォレスではなくダーウィンの功績とされているのか? 本書はそれを探った一冊である。」
 という文章が、本書のタイトル『進化論の進化史』にも通じていることに気づかされます。……ダーウィンの進化論は、たまたま時代の状況にうまくのれたので、他の類似した理論に比べて飛びぬけたイメージをまとうことができて、「ダーウィンの進化論」として生き延びたのかもしれません。
……こんなふうに言うと、まるでダーウィンが「他人(ウォレスたち)を押しのけて勝ち抜いた」みたいに聞こえるかもしれませんが、第2部によると実際にはそんなことはなく、ダーウィンはウォレスから送られてきた手紙の真価に気づいて、すぐにライエルに相談し、最終的には、ダーウィンとウォレスの理論は、同じ『リンネ協会紀要』にまとめて共著論文として掲載されることになったのです。残念ながら、この時にはいっさい話題にならず、その後、これをきっかけにダーウィンが書くことになる『種の起源』によって進化論が広まることになって、「進化論=ダーウィン」のイメージが定着していくことになるのですが……。
 ちなみにウォレスもダーウィンが論文掲載に尽力してくれたことに感謝していましたし、ウォレスが貧困生活に苦しんでいることを知ったダーウィンは、彼に年金が支給されるよう働きかけて、彼を困窮状態から救ってもいます。そしてダーウィンが世を去ると、ウォレスは自然選択による進化の理論を擁護・唱道し、その理論をいつでも「ダーウィニズム」と呼んだのだとか……二人の暖かい友情にも胸がじーんとなりました。ダーウィンは研究者として有能なだけでなく、人格的にも優れていたことが、「進化論=ダーウィンの功績」に役立ったのかもしれません。ウォレスも晩年には栄誉に満ちた生涯を送れたそうで、本当に良かったと思います。
「進化論」がどのように進化してきて、これからも進化していくかを、古代の考え方までさかのぼってじっくり紹介してくれる本でした。長くて読むのは大変ですが、面白くて、生物学や地学の勉強にもなるので、みなさんもぜひ読んでみてください。
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