『脳のシステム・アーキテクチャー: 脳の見方:知能の探求』2022/4/26
清野 躬行 (著)

 脳と知能について、システム・エンジニアリング的な解明を試みている本です。
 知能の3要素「知(知識・記憶)・情(喜怒哀楽)・意(意思・思考)」や、小脳の不思議な働きなどについて、最新の知見をもとに詳しく解説してくれます。
「はじめに」には、「本書の目的は、脳の機能(知能)と解剖学的構造(部位)を可能な限り結び付けることによって脳を知ること」として、その方法論について次のように書いてありました。
「本書では脳をデータ処理系として扱います。データ処理系とは、感覚入力を処理(加工)し記憶し、思考活動や筋肉活動として出力することです。筋肉活動は表情などの情動反応も含みます。
 一方、脳は典型的な複雑系です。複雑系を扱うためには、システム工学的アプローチが役立ちます。そしてデータ処理系を扱うためには、情報技術(IT)の知識が役に立ちます。本書では、これらのエンジニアリング的な視点も交えて、脳と知能を見てゆくことにします。」
 この意味で、とても興味深かったのが、「第2章 脳の構造」と「第3章 大脳の入出力」。ここでは、元日本アイ・ビー・エムの主席システム・エンジニアだった清野さんのITの知識を存分に活かして、脳がコンピュータとの対比や、ネットワークとして説明されていくのが、とても新鮮でした。
 例えば、「神経系の位置付けと分類、およびデータ処理系としての神経系」は、次のような表にまとめられています(もちろん本書内では、ちゃんと表になっていて、もっと読みやすいです)。
(系統:ネットワーク:ネットワークを流れる媒体:役割:集中と分散)
・内分泌系:血管網:化学物質(ホルモン):身体機能の調節:分散的
・免疫系:リンパ網と血管網:細胞(免疫細胞):異物(非自己)の排除と記憶:分散的
・神経系:神経線維網:物質(伝達物質)と電気信号:データ処理:集中的
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 この他にも、「ニューロンからの出力信号はシリアル性(単線性)の二進系ディジタル信号で、入力はパラレル性(複線性)の信号」などと説明されています。……なるほど、確かにそうかも。
 また、「神経ネットワークにおけるリンクの能動性の3つの機能」は次の通りだそうです。
1)ノード(ニューロン)間の関係深さ、すなわち記憶機能を担うこと
2)ノード間の関係深さ(髄鞘化)に応じて高速化し、空間的距離を時間的に短縮する
3)ノード間の関係深さ(髄鞘化)に応じて、たくさんのデータを送ることができるようになる。
 ……これもIT的なまとめ方で、面白く感じました。
 さらに脳の大きさや形について、次のような評価をされています。
「(脳が半球内の配線になっているおかげで)皮質上のどの二つのニューロン間の信号伝達時間も数ミリ秒以内であることが分かります。ヒトがオブジェクトを認識するに要する『単位時間』は100ミリ秒程度です。したがって、数ミリ秒は許容誤差の範囲内と言えます。つまり、皮質上の任意の複数箇所から同時に出た信号は、皮質上の任意の場所に許容誤差の範囲内で「同時に」到達できるということです。このことは、半球内リンクでの信号の同期の問題は生じないということです。脳の物理的サイズが適度だということです。」
 ……こんな視点で「脳」を見たことはなかったので、ちょっと驚かされました(笑)。
 また「感覚器官とは、独自のセンサーが検出したデータを、ただ1種類の共通の信号形式に変換するものです」などもITエンジニアならではの表現で、この「変換器」のおかげで、神経系はただ1種類の標準化した信号だけを受け取ることが出来るそうです。
 こんな感じで「脳のシステム・アーキテクチャー」が語られていき、なるほど、こういう見方ができるんだなあ……と感心させられました。
 さらにトピックとして、脳の神経交叉、カクテル・パーティ効果、そしてデフォルト・モード・ネットワークなど、不思議な現象とされてきた謎の解明も試みています。
 そのうちの「神経交叉」について紹介すると、それが起こっているのは、「視覚動物として、身体入出力系の大半が眼と連動して働く」からだそうです。ヒトは眼が最大の情報源なので、視覚依存的活動が極めて多く、神経交叉は、「レンズによる視野反転に合わせるため」に起こった……この考察にも、かなりの説得力を感じました。
 ITの知識と脳の知識の両方にとても詳しい清野さんならではの、「脳の見方:知能の探求」を進めている本だと思います。
 最新の脳研究についても、とても幅広くまとめて紹介してくれているので、脳の情報処理がどのように行われているのかについての参考書としても使えると思います。
 いろいろな意味で、とても参考になると思いますので、脳に興味のある方はもちろん、人工知能(AI)に興味のある方もぜひ読んでみてください。お勧めです☆
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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