『ロボットと人間 人とは何か (岩波新書 新赤版 1901)』2021/11/22
石黒 浩 (著)

 ロボット学の世界的第一人者の石黒さんが、長年の研究を通じて、人間にとって自律、心、存在、対話、体、進化、生命などは何かを深く考察している本です。
「プロローグ」には、次のように書いてありました。
「(前略)体や脳全体に関わる問題の解明には、人間のようなロボットを用いることができる。開発したロボットと人間が関り、その人間がロボットから「意識」を感じるようになれば、そのロボットの仕組みを調べなおすことで、意識の仕組みを理解できる可能性があるのである。」
 とても興味深かったのは、「5章 心とは何か」の次の記述。
「(前略)どうも心とは、その仕組みの問題ではないようである。脳や体の中に心の仕組みがあるから、相手が心を感じるのではなく、<人間には相手の発話や行動から、相手に心があると感じるという機能がある>と考えたほうが、つじつまが合う。」
「心とは、その存在を互いの発話や動作を見て感じ合う、神経回路によってもたらされるもの」
 ……ロボットには心はプログラムされていませんが、「重要なのは、心を持つかのような音声や動作を再現する機能」という話には、納得できるものがありました。
 また「6章 存在感とは何か」のテレノイドに関する話も、とても面白かったです。石黒さんというと、ご自身にそっくりのジェミノイド(人間と双子の遠隔操作アンドロイド)や、夏目漱石さんのアンドロイドという、人間そっくりの外見をもつロボットが有名ですが、このテレノイドはその逆をいく人間のミニマルデザインで、写真でみるとかなり不気味なのですが(失礼)、話し始めると「テレノイドに足りない個人としての情報を、対話者自らが想像力を使って補完する(しかも人間はほとんども場合ポジティブに補完する)」ので、好ましい対話相手になそうです。
 そしてテレノイドよりさらにミニマルデザインになった「顔のないぬいぐるみのハグビー」との対話も人間には好ましく感じられたようで、幼稚園の年少の子たちとの対話のケースでは、対話前には顔がないものとして描かれたハグビーが、対話後には顔があるものとして描かれたそうです(!)。……なんか分かるような気がします。
 個人的にも、対話ロボットには、人間そっくりのアンドロイドよりも、シンプルなロボット顔(動かなくてもOK)の方が気楽でいいような気がします。
 そして「7章 対話とは何か」では、「二体のロボットとの三者対話」の話がとても面白く感じました。対話をする時、ロボットが必ずしも人間の話をきちんと理解しなくても、それなりに対話を進めることが出来るそうです。例えば、「音声認識なし対話(人間のどんな答えにも「そっか……」と返すなど)」とか、「意図認識なし対話(ロボットAの質問に人間が答えた後、ロボットBは「うーん……」と考え込む曖昧な動作をする)」とか、実際にはあまり意味のない応答であっても大丈夫なようで、「対話とは必ずしも、言葉の意味を理解して応答することではない」のだとか……これも分かるような気がしました(笑)。むしろ、ロボットとの対話がちゃんとした「質疑応答」ばかりで、どんどん進んでいくより、たまにこういう無意味な会話(時間)が挟まれた方が、ほっとできるかも……。ちなみに、このロボット二体システムは、人間が彼らの質問に答えられずに黙り込んでしまうシーンでも、彼らが自分たちだけでそれなりに会話をつないで進めてくれるという優れた役割を果たせるそうです。これもとても良いですね!
 さらに「8章 体とは何か」では、ジェミノイドを操作しているうちに、操作者がジェミノイドを自分の身体のように感じていくという実験結果がとても興味深かったです。
「(前略)このジェミノイドを使って、人としばらく話をすると、操作者はジェミノイドの体を自分の体のように感じ始める。操作者にもよるが、五分から一〇分、ジェミノイドを使って人と話をした後に、話し相手が急にジェミノイドに触ると、操作者はまるで自分の体が触れられたかのように感じるのである。」
 これは逆方向でも同じことが起こるようで、ジェミノイドの操作トレーニング中に、ジェミノイドの右手の方を先に動かすと、操作者の脳波が右手のパターンに変化したそうです。これはつまり「脳とジェミノイドの体が双方向に繋がっている」ことを意味していて、「遠隔操作ロボットを使えば、身体や脳や感覚器の制約も克服して活動することができる」ようです。
 さらに「9章 進化とは何か」では……
「(前略)人間は残されたわずかな動物的な部分を機械に置き換え、未来においては完全な技術だけで構成される存在になるであろう。これを私は人間の無機物化と呼んでいる。(中略)すなわち人間の無機物化とは、人間が機械で構成されるロボットとになるということである。」
「10章 人間と共生するロボット」では……
「(前略)高齢者や障害者を含む誰もが、多数のアバターを用いて、身体的・認知・知覚能力を拡張しながら、常人を越えた能力で様々な活動に自由に参加できるようになる。」
「そこでは、もはや人間もアバターもロボットもその区別は曖昧になり、すべてが共生し、融合して発展してゆく社会になる。そのような社会の実現こそが、人間の進化であろう。」
 ……ということが書いてありました。
 ……無機物化した人間はロボットであって、すでに人間ではないのでは? とも感じましたが、全体としては、『ロボットと人間』について、多方面から掘り下げてくれて、とても読み応えがある本だったと思います(ここで紹介したのは、内容のごくごく一部に過ぎません。)ロボット好きの方はもちろん、科学や人間に興味のある方もぜひ読んでみてください。
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