『はやぶさ2のプロジェクトマネジャーはなぜ「無駄」を大切にしたのか?』2022/2/18
津田 雄一 (著)

 地球から遠く離れた小惑星「リュウグウ」から、目標の54倍ものサンプル(試料)を持ち帰っただけでなく、「9つの世界初」をも実現させた、はやぶさ2プロジェクト。そのプロジェクトマネジャーの津田さんが、プロジェクトを大成功へと導いた経緯を、数多くの技術的な工夫とともに具体的に詳しく教えてくれる本です。
 津田さんはもともとは技術者で、こんな大プロジェクトのマネジャーになるのは初めてだったそうです。ところが読み進めていくうちに、心構えから組織力・実行力まで、もの凄いレベルの高さの方だというがびしびし感じられ、参考になるヒントをたくさん教えられました。
 特に参考になったのが、「第3章 めざしたのは「想定外を想定できる」チームづくり」と、「第4章 想定外を想定する力を養う「訓練」」。そのうちのごく一部を、以下に紹介します。
「最終的な決断を下し、実行したことに責任を負う立場にあるのがプロジェクトマネジャーです。が、プロマネが常に100%正しい判断で動いているわけではありません。前人未踏の領域に挑む探査機の運用では、何が正しいのかわからないことがたくさんあります。判断したことを、正しい結果になるように勧めるのがプロマネの仕事であり、そのためにどんな状況にも対応できる準備がメンバー全員に求められます。上司の命令通りにしか動けない人材では、むしろ困るのです。」
「(前略)私たちに求めれられる「強さ」は、どんな状況で何が起こってもベストなパフォーマンスを発揮できること。チームが一丸となって磨いてきたのは、あらゆる未来を想定し対処できる力――つまり、事実を固定せずに「問題」そのものを無限につくり出し、多様な「答え」を考え続ける柔軟な発想力でした。
 一番難しかったのは、その力をどうやって磨くかということです。結論を先に述べれば、はやぶさ2プロジェクトは、「最強のチーム力」を「最高の訓練」によって養っていきました。
 訓練の目的は、各メンバーに「チームに貢献できる何らかの職人技」を身につけてもらうこと。(後略)」
・「(前略)人材の育成――言い換えれば、人が育つスピード――には、能力と課題に応じた「時間のかけ方」も考慮する必要があるのではないかと思います。充分とはいえないまでも、起き得る出来事をできる限り想定して先回りし、時間的余裕を最大限確保するというのは、プロジェクトマネジャーの仕事をする上で私がとても重視したことです。」
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 このプロジェクトでは、2種類の訓練を行ったそうです。一つはCGで作った仮想リュウグウを舞台に訓練するLSS訓練(本番さながらの模擬訓練)、そしてもう一つは、RIO訓練(実時間統合運用訓練)。試作品用部品を組み合わせてはやぶさ2のシミュレーターとして活用し、探査機の軌道や姿勢の運動をコンピュータ上で再現しながら小惑星近傍での運用を疑似体験する、などの訓練を繰り返したそうです。2年間で繰り返された70回の訓練のうち、トラブルを加味した訓練は48回。そのうち大成功が9回、大失敗がなんと22回……これらの訓練のおかげで、メンバーの遂行力が向上するとともに、失敗の怖さを実感できたのだとか……「模擬訓練でたくさん大失敗させる」ことの重要性を痛感させられました。私自身の経験でも、成功よりも失敗からの方が、重要な教訓をたくさん得られたような気がします。……こうしてメンバーは現実的に役に立つ実力をどんどん磨いていったんですね。この他にも、メンバー選定の工夫とか、会議運営の工夫とか、さまざまなアイデアを見ることが出来ました。
 こうして、はやぶさ2は、小惑星「リュウグウ」からのサンプル採取に成功するだけでなく、数々のおまけミッションまで成功させていきます。たとえば、残念ながら故障してしまった探査ロボットMINERVA-II-2にまで、敗者復活戦の機会を作ってあげてもいます。それは「アストロダイナミクス(探査機を衛星のように周回させる)実験」。良かったね、MINERVA-II-2、「小惑星表面への着陸」の実績をもらえて……。はやぶさ2は、本当に優しさと創意工夫に満ちた、素晴らしいプロジェクトだったことがよく分かります。
 さあ2回のサンプル採取も、他の実験も成功した。これでようやく、後はのんびり帰還を待つだけ……なんてことは、実はなかったのでした(涙)。なんと想定外の新たな困難、コロナ禍が発生してしまい、その混乱の最中に、帰還させることになってしまうのです。
 でも、もちろん津田さんたち「はやぶさ2」は、当然にようにそれもうまくクリア☆……しただけじゃなく、さらなる「拡張ミッション」まで自らつけ加えてしまっているのです(笑)。はやぶさ2は、サンプルを採取したカプセルを地球に着陸させた後、さらに次のミッションに向けて、現在(2022年)も宇宙を飛行中なのでした。はやぶさ2は、今後、「自転で生じる遠心力が重力を上回る不思議な2個の小惑星」へ行き、その後、別の小惑星をフライバイして、2027年12月と2028年6月に地球スイングバイを行う予定なのだとか……どれだけ成功を重ねたら気が済むんでしょうか(笑)。あまりにも凄すぎて呆然としてしまいます(なお今後の拡張ミッションは、はやぶさ2の能力限界以上の仕事なので、たとえ成功しなくても、もちろん現時点までの仕事だけで「大成功」です)。
 このプロジェクトは「100点満点で1000点という大成功」をおさめたと評価されていますが、まさにその通り! この後の宇宙プロジェクトのハードル、上がりまくりです……それでも、おそらく大丈夫でしょう。この大成功だらけのプロジェクトで、最高に素晴らしかったのは、「人材育成力」だからです。「はやぶさ2」で培われた「徹底的な問題解決力(訓練力)」は、どんな場面でも役立つものでしょう。
 このプロジェクトのどこに「無駄」があったのかなーと疑問に思うほど、なにもかもを有効活用しまくった感じがしましたが(笑)、「無駄」を保有しておいたからこそ、新しいアイデアを活かすことも出来て、100点満点で1000点の大成功につながったのだと思います。これらのことを忘れないために、本書の冒頭に書いてあった次の文章を、深く心に刻んでおきたいと思います。
「一見すると「無駄」としか思えないものも、知恵と工夫次第で、“不測の事態”への「備え」と変えることができます。」
「チーム内に、どれだけ多くの「無駄」を抱えていることができるか? それが、チーム力を測るモノサシになります。」)
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 なお、「はやぶさ2」を大成功に導いた津田さんたちは、リュウグウでの探査活動をほぼ終えたころ、PMP(プロジェクトマネジメント・プロフェッショナル)の資格試験を受けて合格し、PMPの資格を取得したそうです。これは、NASAの手法を規格化する目的で設立された「プロジェクトマネジメント協会」が認定する国際的ライセンスとのこと。こういう資格があるということを知らなかったので、この情報も参考になりました。
「はやぶさ2」がどのように深宇宙探査プロジェクトを行ったかについて、技術的に詳しく知ることが出来て興味津々だっただけでなく、プロジェクトの組織・訓練・運営方法まで詳しく学ぶことができた素晴らしい本でした。宇宙に興味のある方はもちろん、組織運営を行っている方にも、とても役立つ情報が満載です。ぜひ読んでみてください。だんぜん、お勧めです☆
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