『人新世の科学: ニュー・エコロジーがひらく地平 (岩波新書 新赤版 1922)』2022/3/22
オズワルド・シュミッツ (著), 日浦 勉 (翻訳)

 人類のさまざまな活動は、「人新世」と呼ばれる新たな地質年代を地球にもたらしました。この影響を世界規模で考え、持続可能な社会を維持するために必要な「ニュー・エコロジー(新しい生態学)」について幅広く紹介してくれる本です。冒頭には次のように書いてありました。
「ニューエコロジーとは、人間による地球支配の拡大に直面する、それゆえに人新世(アントロポセン)と呼ばれる新しい時代において、人間と自然の分裂を克服し、生態系の機能を維持する問題に取り組むことを目的とする新しい学問である。生態科学は、人類のニーズや欲求を支えている自然の生態系機能を脅かすことなく、急成長する人口のニーズや欲求を満たすために拡大している人類の事業を導く、指導的役割を担う。」
「生態系科学における持続可能性とは、他の種類の経済学と同様に、資源の希少性によって設定された限界を考慮して、適切なトレードオフのバランスを見つけることである。」
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 この本の前半では、「人間は資源を搾取し自然を破壊する(鉱物資源の採取、都市化、工業化など)」、「種の多様性を少なくする(単一の作物、木材など)」、「食物連鎖を変えてしまう」という事例がたくさん紹介されているだけでなく、「人間による自然の飼い慣らしは、開墾や資源開発、農業のための土地転換、家畜の飼育、インフラ整備のためのセメントの生産と使用、エネルギーの生成、人間とその物資と材料の輸送を通じて、温室効果ガスの排出を増加させている」という問題も指摘されています。
 しかもそれらの問題は複雑に連鎖し、「生態系は自己完結的ではなく、孤島すら海流で世界とつながっていて影響を与え合っている」ことが明らかになっているのです。何か一つの変化が、その周辺の環境を連鎖的に変えていってしまう……そんな状況に、いったいどうすればいいのか……と読みながら、ちょっと途方にくれてしまいました。
「生態系科学」的な大規模な実験も行われてきたようで、次のようなものが紹介されています。
「実験的証拠は、生息地パッチのサイズを隔離して縮小すると、平均して、残存パッチに生息する種の数が30%減少したことを示している。この現象はすべての栄養段階で発生した。」
 また多くの場所で草原の多様性実験が行われ、「植物の多様性は草地の生産性を著しく向上させる」ことや「反復のある多様性/機能性実験は、多様性の低いシステムよりも多様性の高いシステムの方が侵入種を撃退する可能性が高い」こと、「多様性の低いシステムは、より多様性の高いシステムよりも干ばつのような極端な擾乱に耐えられない」などのことが明らかになってきたのだとか。
 そして1990年代初頭に行われた有名な「バイオスフィア2(巨大なガラスの壺の中で、複数の生態系の機能を一度に維持することで自然を再現する試み(実験))」では、ミニチュア生態系が少しの間は機能したものの、二酸化炭素と酸素のバランスが崩れるなど、しだいに荒廃していって、人間に安全な生活環境を提供できなくなったことから、わずか2年で中止されたそうです。
 ……うーん……自然環境を破壊すると、影響が多方面に連鎖的に起こって取返しのつかないことになることもあるけど……だからといって都市や農地などの人工的な環境も捨てるわけにはいかないし……と暗い気分になりましたが、後半になると、様子が変わってきます。
 例えば、人間以外の「生態系エンジニア」として知られているビーバーやシロアリは、プラスの役割も果たしているそうです。都会では建築材を食い荒らすとして悪名高いシロアリは、なんとサバンナでは豊かな生態系を維持する栄養分の「オアシス」を形成しているのだとか。
 さらに生態系には適応性があり、問題なのはその適応力(レジリエンス)を越えた開発(環境破壊)を行ってしまうことなのです。次のようにも書いてありました。
「(前略)(生態系が)一見安定しているように見えるのは、生物種が乱立し、絶えず流動的で、刻々と変化する環境に種が迅速に適応し、それによって生態系を攪乱から緩衝作用で守ることで持続可能性を維持しているからなのだ。このように、生態系は複雑であるだけでなく、適応性があるのだ。システム思考の専門用語では複雑適応システムと呼ばれている。」
 そのため今後は、「スチュワードシップ」「ニュー・エコロジー」「リサイクル」などの考え方を取り入れて、持続可能な社会を目指すべきだと書かれていました。
「スチュワードシップとは、リスクを最小限に抑え、自然の生態系とそれが現在と将来の世代に提供するサービスを維持・回復する機会を最大化するために、創造的かつ科学的な自然保護のための行動を見つけることである。」
「(前略)ニューエコロジーは、必要とされる科学と最新の空間分析ツールを提供し、土地利用のための景観スケールの計画を支援し両立させることができる。生態学者は、種の相互依存関係や生態系の機能を維持しながら、技術を実施する方法を作ることができる。これは、多様な情報を統合し、代替的な社会-生態的未来を記述し評価するための手法であるシナリオ分析を用いて行われる。」
「現在の社会は、技術革新により、供給が限られている資源(材料やエネルギー)の利用効率が向上することによって、持続可能性を大きく推進させている。」
「基本的なレベルでは、供給が限られている使用済の材料や未使用の材料はすべて、将来の生産を支える利用可能な資源のストックに戻されなければならない。」
「(前略)生態学の原理は、生産と消費の過程を微調整することで、資源が限られた閉鎖的なシステムを通じてエネルギーと材料の流量をリサイクルを最大化すること、すなわち持続可能な経済活動を最大化することができることを教えてくれている。」
 ……人工衛星を使ったリモートセンシングや、生態学的実験などを使って、快適な社会と自然環境のバランスを取れるようにしていけると、本当に良いと思います。
 この本は、次の言葉でしめくくられていました。
「(前略)ニュー・エコロジーとは、人間も非人間も含めたすべての生命の驚くべき多様性を、完全に統合された自然として持続させるための科学である。ニュー・エコロジーは、人間と自然が織りなす未来のために、地球環境の治療や予防医学を実践するための科学的手段を考案しているのだ。」
 ところでこのニュー・エコロジーは、人間と自然がうまく折り合いをつけていくことを目指しているので、私たち日本人にとっては、ごく自然に受け入れやすい考え方ではないかと思います。「訳者あとがき」にも、「(前略)日本の場合は生活の中に自然を取り入れる伝統文化があるため、人間社会と自然が一体のものであるという認識は受け入れられやすいかもしれない。」と書いてありました。私たち日本人が率先してニュー・エコロジー的な「よりよい世界」への試みを行っていくと、明るい未来を拓いていけそうな気がします。みなさんはどう考えるでしょうか。ぜひ読んでみてください。
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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