『[図説]100のトピックでたどる月と人の歴史と物語』2021/8/13
デイヴィッド・ウォームフラッシュ (著), 露久保 由美子 (翻訳)

 つねに神話や科学の仮説になってきた「月と人類の関わり」を、NASAの宇宙生物学者が分かりやすく案内してくれる本です。
 案内は「45億年前 月の形成」から始まります。この年代の推定は、月の石の分析によるものだそうです。
「アポロ14号の宇宙飛行士がフラ・マウロ高地から持ち帰った石の分析によれば、月の年齢はおよそ45億1000万歳だという。」
 そして次の「45億年前 月と地球の引っ張り合いが始まる」には、本当に驚かされました。少し長いですが、その一部を紹介させていただきます。
「月が形成された頃、地球の1日はわずか4時間ほどだった可能性があり、月は今よりもずっと近い距離にあった。地球の空に月はさぞ大きく見えただろう。だが地球の自転は遅くなり、月は次第に遠ざかっている。
 この「宇宙ダンス」の原因は「潮汐力」に尽きる。ふたつの物体間に働く引力は距離が長くなるほど弱くなるので、地球に働く月の引力は、月に近い側が強く、反対側が弱くなる。そのため地球は岩石の構造部(地殻)がわずかに、そしてより弾性の高い海水がかなり強く引き伸ばされることになる。そうして地球は月に面した側が膨らみ(潮位が高くなる)、反対を向いた側にも膨らみが生じる(月から遠い側では月の引力より地球自身の遠心力のほうが強いため)。一方、このふくらみの中間で、地球と月の軸に垂直の位置では、海は平たくなる(潮位が低くなる)。地球は1日に1回自転するので、満潮と干潮はこの配置によって毎日交互に二度ずつ繰り返される。干満の差が変化するのは、月が公転するあいだに地球との距離が変わるのと、太陽の引力によっても海水の膨らみが生じるためだ。太陽の潮汐力は、月と地球と太陽の位置関係によって、月の潮汐力を強めることもあれば弱めることもある。だが太陽は月よりもはるかに遠くにあるため、月の潮汐力の方が勝っている。
 水の動きは引力の変化より遅れるので、月に面した側の海水の膨らみは、地球の自転によって月よりわずかに先行する。そして水に引力があるため、月は前方に引っ張られ、この速度の変化が月を地球から年に4センチほど遠ざけている。海が月を前方に引っ張るにつれ、月は後退し、地球の自転を減速させている。(後略)」
 45億年前には、わずか4時間だった地球の1日が、現在は24時間……こんなに変わってきたのは、主に月と地球(そして太陽)の「潮汐力」によるものだったとは! 潮汐力は満潮と干潮をつくるだけではなかったんですね……。
 この本は、こんな感じで月の来歴を詳しく語ってくれます。月の形成期については、月の石などの分析によって現在分かっていること(または有力な仮説)が説明され、その後の、人類の古代から近代までは、太陰暦や神話、望遠鏡などが語られ、そして現代の月探査(およびその開発)では、その記録や科学的知見、さらに近未来予測までが、各記事見開き1ページにまとめて紹介されていきます(全100トピック)。だから隙間時間などを使って手軽に読めて、月が人類の文明に大きな影響を与えてきた要素(暦や古代宗教、天文学と科学の誕生など)や、現代の月探査とそこに至る技術開発に関する知識や理論、仮説について、総合的に知ることが出来るのです。

 アメリカは何度も月面を探査し、なんとその月のサンプルは384キロにもおよぶそうです。それだけでなく、意図的に月に振動を与えることで、月の内部構図を月面の地震観測点を利用して調査してもいます。これらの分析・調査で月について、さまざまなことが分かってきました。
 月探査の最初の頃、月から帰還した宇宙飛行士には、検疫期間が必要だったそうです。「1969年 月試料研究所」には次のように書いてありました。
「(前略)アポロ11号は月のサンプルを地球に持ち帰った初のミッションだったため、宇宙飛行士が帰還するまで、そのサンプルに病原体などの月の生物が含まれている可能性を無視できなかった。だが科学者たちは、最初のふたつの着陸ミッションで採取された月の物質を、さまざまな生物でテストしはじめた。タバコや針葉樹の苗木、小エビや昆虫などの無脊椎動物、ゾウリムシなどの現生生物、ニホンウズラや無菌マウスなどの脊椎動物がその対象だった。
 その結果、病原体は見つからず、月の物質には水分もなかったため、月に固有の生命体は存在しないと結論づけられた。これは、アポロ15号以降、月から戻った宇宙飛行士に防疫は必要ないという意味で、地球の微生物が月の環境で生存できないということではなかった。(中略)
 月面物質が粉砕されてできるレゴリスは、結晶入りガラスと角張った岩石片で構成されていた。月の火山岩は、斜長石鉱物を多く含む玄武岩で、そこに単斜輝石と、それとは別種の鉱物であるイルメナイトも混じっていた。また角礫岩は、衝突によって火山岩のかけらや、より微細なレゴリスが圧縮されて形成されていた。アポロ12号が持ち帰った角礫岩とレゴリスのサンプルは、KREEP(カルシウム、希土類元素、リン)と総称される珍しい元素の組み合わせが特徴だった。のちのアポロ14号と15号のサンプルにもKREEPが含まれていたことで、初期の月が溶融状態を経ており、その間に軽い元素が上に浮いてきたことが証明された。一方、最初の2回の着陸ミッションで地球にもたらされたサンプルは、初期の月と内惑星すべてを形成した主要な力が天体衝突と火山活動だったことを明らかにするのに十分だった。月の岩石のなかには、地球上では地質の力によって消滅してしまった時代のものもあるため、アポロによる月のサンプルは地球科学に着々と革命を起こしつつある。」
 さらに近未来に向けて、「月の周囲に太陽電池を敷き詰めるルナリング」や、「パラテラフォーミング(遺伝子組み換え植物や微生物でレゴリスを土壌に変え、酸素、窒素、炭素、水を再循環させることにより、月の溶岩チューブ内を加圧して地球のような生物圏をつくる)」などの研究もなされているようです。
 とても興味深く、読み応えのある『月と人の歴史と物語』でした。宇宙が好きな方だけでなく、科学の歴史が好きな方も、ぜひ読んでみてください☆
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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