『日本の美意識で世界初に挑む』2021/9/15
細尾 真孝 (著)

 創業333年の「西陣織」の老舗12代目経営者の細尾さんが、人間の持つ美意識がビジネスのビジョンになることを教えてくれる本です。
 細尾さんは、西陣織で、海外マーケット、ラグジュアリーブランド市場をいち早く開拓。そのテキスタイルは世界100都市でディオールをはじめ、シャネル、エルメス、カルティエなどラグジュアリーブランドの店舗で使われています。
 また、デビッド・リンチをはじめ多くの一流アーティストたちとのコラボや、MITメディアラボ・ディレクターズフェロー、東大大学院との共同研究など、伝統産業の枠をはみ出して活動の幅を広げているそうです。
 冒頭には、フルカラー写真で、家宝の西陣織の屏風とか、ザ・リッツ・カールトン東京などのホテルの内装で利用されている西陣織とか、さらには芸術家とコラボした、片面からは透けてみえるのに反対側からは不透明という二面性をもった織物、すごく美しい光るシルクの作品など、歴史が感じられるものから新規で美しいものなど、さまざまな作品を見ることが出来て、とても興味深く感じました。
 とても印象的な「光るシルク」の作品は、なんと、クラゲのDNAを蚕に組み込むことによって、クラゲのもつ蛍光タンパク質という、青の光を当てると緑に発光するタンパク質を持った蚕を生み出し、その蚕からとった糸を使って織物にした作品だそうです。凄い技術力ですね……。
 それでも、ここに至るまでには、数多くの失敗もしているそうです。
 そもそも細尾さんが2008年に家業に入ったとき、西陣織は大きな危機にあったのだとか。
「この30年のうちに国内のきものの市場規模は、1.5兆円あったものが2800億円ほどへと激減し、西陣織においては10分の1の規模にまで縮小してしまったのです。」
「日本の伝統工芸として誰もが名前を知っている「西陣織」は、それを作り出してきた街ごと、瀕死の状態にあるのです。
 そんな危機的状況の中、私は、織物の世界の固定観念を打破し、技術や意識を改革しながら、イノベーションを起こし続けることでなんとか乗り越えようと、日々試行錯誤しています。」
 ……あの美しい西陣織も、危機的状況にあったんですね……。
 細尾さんは、そんな状況を打破すべく、海外の大規模見本市にどんどん出展したのですが、思ったほどオーダーが入らず、採算がとれるところまで行かなかったとか。
 美しい西陣織が海外で売れなかったわけは、「生地幅が通常32センチ」だったので、ソファーをつくるにしても生地の継ぎ目ができてしまうなどの問題があったそうです。そこで思い切って、店舗の内装に使うための織物の世界の標準幅、150センチ幅が織れる機械を作ることにしたのだとか。これが成功して海外事業が加速。現在では、ディオールなどの店舗で使用されているそうです。
 また、すごく将来性を感じさせられたのが、西陣織には「多様な素材を織り込む特性」があるということ。生体センサーや有機ELディスプレーなど、最先端のマテリアルを織物に織り込む試みも行っているそうです。……西陣織にセンサーを織り込む(!)……西陣織の織物は、着物になるだけではないんですね……。
 美しい西陣織を手掛ける細尾さんは、「創造と確信を生むためには、美意識の育成」も重要だと言います。
「美意識は鍛え、育てることができます。それは、自身の感性に、経験を掛け合わせることによって確実に育つのです。(中略)感覚の世界、美意識の世界は、死ぬまで鍛えられ、拡張させ続けることができます。(中略)物に触れたり、体験したりする。自分がやったことがないこと、新しいことに触れていくということが大事です。」
 これからは個人だけでなく、企業にも、美意識のレベルを上げていくことが大切になるそうです(この本では、美しい物を使う(本物に触れる)、美の型を知るなどの「美意識の育て方」も教えてくれています)。
 そして最終章「第5章 工芸が時代をつなぐ」では、「創造の根幹は工芸にある」と言っています。これからの働き方、暮らし方を考えるためのヒントが、「工芸」にはたくさんつまっているそうです。それを考える際に参考になるのは、ラスキン(19世紀のイギリスの美術評論家・社会思想家)の考え方なのだとか。
「ラスキンは、物の価値は、消費者の生命を維持するだけでなく、人間性を高める力にあると主張します。そしてそのような本質的な価値を生み出すのは、人間の自由な創造的活動であり、決して他人から強制された労働ではないと考えます。」
 そして細尾さんは、次のように考えているそうです。
「(前略)新たな生活様式の中で仕事と生活の場が近づいた今では、「仕事」を命じられる「労働」ではなく、自らの生と密接な「創造的活動」へと変えることが、多くの人のテーマになっているように思います。
 これからのビジネスに求められるのは、「余暇」と「労働」という区別をなくし、働くことで自由と創造性を発揮し、それによって新しい価値を生み出していくことではないでしょうか。そして「自由と創造性を発揮するカギは、工芸になる」というのが私の持論です。」
 ……『日本の美意識で世界初に挑む』。西陣織という伝統工芸で、未来を切り拓こうとしている経営者・細尾さんの活動や考え方を知ることが出来る本でした。伝統工芸に携わっている方にはもちろん、一般の業種の今後の企業経営を考える上でも参考になることが多いと思います。ぜひ読んでみてください。
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