『サイエンス超簡潔講座 動物行動学』2021/4/30
トリストラム・D・ワイアット (著), 沼田 英治 (監修), & 1 その他
哺乳類、チョウ、ミツバチ、魚、鳥などの本能や社会的学習、文化について解説してくれる本で、動物の行動がどのように進化したか、どのように発達するのか(遺伝子、エピジェネティクス、経験の相互作用などの観点から)、動物社会および集団行動を理解する方法について学ぶことができます。内容は次の通りです。
第1 章 動物たちはなぜそのような行動をするのか
狩りから動物行動学へ/ティンバーゲンの「四つの問い」/「四つの問い」を統合する
第2 章 感覚と応答
コウモリとガ/感覚入力/神経回路/ホルモンと行動/寄生虫による操作
第3 章 行動はどのようにして発達するのか
成功のためのレシピ/氏か育ちか/刷り込み/遺伝子と行動/進化、遺伝子のコ・オプションおよび遺伝子調節/脳の遺伝子発現に対する社会的影響/表現型可塑性と発達経路/性決定、そしてオスとメスの行動/2世代から何世代にもわたる効果/モデルシステムとしての鳥のさえずり/遊び
第4 章 学習と動物の文化
すべての動物は学習する/学習は行動反応に柔軟性を与える/将来のために食料を隠す/学習するハチ/社会的学習と文化/道具の使用/動物たちは何を考えているのか
第5 章 生き残るための信号
メッセージを伝える/正直な信号/ミツバチのダンス/ベルベットモンキーの警戒声/種間コミュニケーション/信号の搾取-盗聴と欺瞞
第6 章 勝利のための戦略
行動生態学/経済的な「決定」/資源をめぐる競争/子育てと配偶システム/性比/性淘汰
精子競争と隠れたメスの選択/性的対立/利他主義を説明する/血縁者を優遇する/協同繁殖/真社会性の進化/進化的軍拡競走/行動生態学の未来
第7 章 群れの英知
自己組織化/集団運動/集団的決定/アリの道しるべ/シロアリの巣/ミツバチの民主主義/自然淘汰と集団行動/自己組織化モデルの応用
第8 章 行動を応用する
ともに生きていくには/人間と動物の対立を減らす/行動と動物保護/人間が引き起こす地球規模の変化/飼育下での動物福祉/伴侶動物を理解する/今後どんな動物に注目すべきか
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動物の行動の研究で分かってきたことを総合的に概説してくれるので、教科書のような感じで勉強になりました。
なかでも面白いと感じたのは「第7 章 群れの英知」。その一部を紹介します。
「夕暮れ時になると、何万羽ものホシムクドリの群れが、マーマレーションと呼ばれる曲芸のような飛行をする。群れは旋回しながら形を変え、たとえば涙の形から渦巻や長いロープ状に変化し、まるで心を一つにしたかのように自発的に同期したうねりを見せる。(中略)
この現象は、数理モデルとコンピューター・シミュレーションを用いることによって、説明可能である。鳥(または他の動物)の群れの集団行動は、自己駆動エージェントの集合といてモデル化できる。この組織的な編隊は「リーダー」を必要としない。各エージェント(動物の個体)は、近くにいる数羽/数匹の仲間の位置、向き、動き(または動きの変化)に基づいて自身の動きを決める。この局所的な情報を使って、各エージェントは単純なルールに従い、近すぎず遠すぎずの距離を保ちながら、近くの仲間の速度に合わせて協調した動きをとる。各エージェントは近くのエージェントとだけ反応するが、こうした動きは近くのエージェント同士の相互作用によって順番に伝わり、群れの一方の端にいるエージェントの動きの変化が群れ全体に波及する。結果として得られるシミュレーション上の群れは、実際の群れのような説得力のある動き方をし、形を変え、分散し、再結成される。」
一羽一羽は単純な動きをしているだけなのに、全体としては複雑で合目的な動きになる……不思議ですね。社会的動物のこのような自己組織化のモデルは、他の分野へも応用されているそうで、「社会性昆虫の共同採餌に触発されたアリのコロニーの最適化および制御アルゴリズムは、電子通信やインターネットなどの通信網内のデータのルーティング(経路選択)の問題を解決するために使われてきた。」のだとか。
また「第6 章 勝利のための戦略」では、有名な「カッコウの托卵」も進化的軍拡競争にさらされていることを知りました。
「(前略)里親は自分の子をすべて失うことになるので、この進化的軍拡競争では、カッコウの托卵に対抗する適応(里親側)と、これらの防御を回避するための反適応(カッコウ側)という強力な淘汰が働く。カッコウの托卵に応じて、里親の鳥は自分が産んだ卵と一致しない卵を拒絶するという新しい行動を進化させた。」
里親のメスは自分の卵に「署名」をつけるようになったそうです。こうしてカッコウの卵は「偽造品」として際立つようになったようで、「正義側」が反撃していることに少しホッとしましたが……「悪者側」のカッコウはそれにも対抗してくるんでしょうね……よく考えると、もしもカッコウの托卵戦略がすべて成功して里親が絶滅してしまえば、カッコウもまた全滅することになる……もしかしたら、この軍拡戦争自体が、両者の絶妙なバランスを保つことで、結局はカッコウにとって有利な状況を保つことに役立っているのかも……なんだか複雑な気持ちになりました……。
この他にも興味深い記事がたくさんあって、動物の行動学の概要を学ぶことが出来ました。生物学や動物学に興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
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