『オペラと音響デザイナー―音と響きの舞台をつくる』2010/1
小野 隆浩 (著)

 オペラ作品と音響デザインとの関わりを解説してくれる本で、音響デザイナーの仕事を知ることが出来ます☆
 オペラというと、物凄い声量の歌手(肉声)と、舞台下のオーケストラの生演奏(生楽器)で構成されているものかと思っていたのですが、最近のオペラ作品には音響装置が欠かせないそうです。本来は生演奏が基本なのですが、オペラは純粋な音楽だけではなく視覚的な効果を伴った舞台芸術なので、簡単な舞台装置の前で歌手が単に歌っていればよかった時代は過ぎ去り、現代では聴覚と視覚の両方に訴える芸術として、舞台装置や照明効果そして音響デザインが必要とされるようになったのだとか。オペラの大規模な舞台装置や照明効果は、時として音に悪い影響を与えてしまう……衣装や舞台幕などの布に音のエネルギーを吸われ、大きく音質が変わってしまうので、それを補正するために「音響デザイン」が駆使されているのです。
 この本は、オペラ作品が出来るまでを、音響デザイナーの立場から詳しく解説してくれるので、音響デザイナーが具体的にどんな仕事をしているのかを知ることが出来るだけでなく、オペラの舞台がどのように作られているのかを知ることも出来て、とても興味深かったです。
 内容(目次)は、以下の通り。
第1章 歴史としてのオペラ―オペラ創世紀(オペラとは―その言葉の意味
宮廷でのオペラ―貴族の文化 ほか)
第2章 知識としてのオペラ―大流行から現代まで(オペラ―そのさまざまな呼び名
そのほかの呼び名 ほか)
第3章 仕事としてのオペラ―オペラができるまで(作品決定から仕事の依頼―オペラができるまで(その1)
音楽稽古―オペラができるまで(その2) ほか)
終章 オペラの音響デザイナーとして―自分の立ち位置(私のはじまり
私は音を創造しているのか ほか)
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 舞台の外で演奏される「かげ歌」や「かげコーラス」などが、きちんと「それらしい場所」で歌われているように聞こえること、大きな衣装や舞台幕で吸音される音(布の種類によってもかなり違うそうです)を、自然に増幅してあげること、舞台装置で反射・吸収される音の悪影響を低減すること、オーケストラ・ピットからの音の音量を適切にすること、効果音と楽器類の共振を避けること、不要な残響を抑えること、音響装置による悪影響をなくすこと(ハウリング、見栄えなど)などなど……オペラの舞台が出来るまで、音響デザイナーが果たす役割の大きさに驚かされました。
 また、オペラの舞台は大きいので、音の響きの微妙なタイムラグが、歌手に悪影響を与えることがあることや、カーテンコール中には、分厚いオペラカーテンの裏の舞台は大騒ぎになっていて、観客の拍手の音がほとんど聞こえないため拍手の音をマイクで舞台中に出す必要があるなど、さまざまな舞台裏の事情も知ることが出来ました。
 そして感心させられたのが、著者の小野さんの経歴。実は音響は独学。しかも、もともとはクラシックではなく、「ニューミュージック」などのツアーの音響を担当していたそうです。そこに急にウイーン国立歌劇場のオペラの仕事が舞い込んできたとか。
「オペラって、音響さんは何をするんだろう?」なんて思いながらも仕事を引き受けてしまうことも凄いですが(笑)、「ウイーンなまりのドイツ語」もチンプンカンプンの毎日だったにも関わらず仕事をこなし、さらに第二弾のイギリス・ロイヤルオペラで「素晴らしい仕事だった」と称賛されるほどの結果を出したのも凄い。この時、言葉も分からないまま小野さんは、とにかく「相手の立場に立って考えてみる」ことで、音楽家が仕事のしやすい音響デザイン、見ている観客に「生音」のように自然に受け入れられる音響デザインをつくり上げていったようです。「音響デザイン」のような、先人がほとんどいない分野での仕事を切り拓く人は、こういう態度が重要なのだなーと本当に感心させられました。
 オペラの舞台を見る目が変わってしまうほど、参考になる情報が満載の本です。音響デザインの具体的方法も実例で紹介されているので、音響デザインに興味のある方にはもちろんのこと、オペラやクラシック・ファンの方にもお勧めです☆
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 なお社会や科学、IT関連の本は変化のスピードが速いので、購入する場合は、対象の本が最新版であることを確認してください。
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