『南島探検: 西表島の沢を歩きつくす』2020/11/9
安間 繁樹 (著)

 八重山の秘境、西表島の沢を歩き通した単独遡行の紀行文集です。
 冒頭には西表島の多様な自然を撮影した写真(カラー)が7ページあり、巻末には「行動記録」として、歩いた場所の地図(メモ)・日付(天候)・ルート(時刻)の15枚の他、沢の一覧も収録されています。
「まえがき」には次のように書いてありました。
「「西表島のすべての沢を歩きたい」。私は今七五歳。若いころ歩いた西表島の沢を、六〇歳を過ぎてから一つ一つ歩き直している。」
 最初に読んだ時には、なんとなく読み飛ばしてしまったこの一文。読み終わって、もう一度目にして……えええ? 七五歳? 六〇歳を過ぎてから沢歩きした記録なの、これ! と驚いてしまいました。……とても信じられません。なぜなら、安間さんはこの本の中で、物凄い沢や藪道を踏破しているだけでなく、デジタル機器を駆使した詳細な記録もしているからで……「凄い」としか言いようがありません。
 安間さんは二〇一七年、『西表島探検』という本も出しているそうで、そこでは西表島の概略、地形や森林の特徴、危険な動植物、山歩きのための装備に関しての詳細を記し、西表島横断の六つのルートを紹介しているそうです。
 本書はそれに続くもので、前回以降に歩いた沢を紹介しているのだとか。前回と違うのは、GPSを携行し滝などの目立ったポイントを正確に記録していることだそうで、本文中でも写真(白黒)やメモを記した地図も収録されています。
 この本で歩いている沢の数は多く、どれもかなりの秘境のようなので、ここに書いてあることは、他の本では読むことができない貴重なデータとして、西表島を歩きたい人にとっては、とても参考になるのではないかと思います。たぶん西表島の住民でも、こんなに歩いている人はいないだろうなーと思えるほどです(笑)。
 でも安間さんは、この本をガイドブックとして書いたわけではなく、紀行文またはエッセイだと考えて欲しいそうです。実際、内容は、川や滝を歩いた時の記録が、文章で詳細に書かれたものになっています。歩き始めた時の時間や、途中経過時間もきっちり書いてあるので、実際に西表島の沢を歩くと、こんな感じなんだ……とリアルに感じることが出来ます。これは沢歩きをしたい人だけでなく、小説を書きたい人にとっても、山歩き(沢歩き)の描写をするときの参考にできそうな気がします。
 さて、西表島の山はあまり高くはないそうですが、歩く難易度はかなり高そうです。というのも、「西表島には山道がない」から。しかも「稜線部には、二万五千分の一の地図でも表せない無数の起伏があり、他府県の山にはないツルアダン等のやっかいな蔓植物が尾根を塞いでいる。ススキやササの群落をかき分けていく「藪漕ぎの常識」は通用しない。森の中では眺望がきかないし、高温多湿で蒸し風呂に入っているようだ。むしろ、そういうことからくる精神的圧迫と疲労、暑さへの適応が西表島を難しい山にしているのではないだろうか。」なのです。
 本書の中では、山歩き(沢歩き)のベテランの安間さんでも、道に迷ったり(その都度、戻ることや、方向を見定めてそのまま進む、などの判断を下しています)、山刀をなくしたり、土砂降りに見舞われたり、ハブなどの野生生物に遭遇したり……いろんな困難に出会っています。
 しかも歩くのが「沢」。深くて歩けない場所や滝も多くて……大変過ぎと思ってしまいましたが、よく考えると、山道もなく蔓植物だらけ、深い森で眺望もきかない西表島を、たった一人で歩くなら、「沢」に沿って歩くのが一番安全で確実なのでしょう。飲料水も得られますし。
 でも、川(沢)には、やっぱりいろいろな危険があるようです。例えば、こんな感じ。
「一〇時十五分、大湿地帯の中間あたりに来た。地図を見ると、ほとんど平らで、川の流れも止まっているかのように見える。川沿いを歩けば、上流と下流を間違えることはない。ところが、一旦林内を迂回し、ふたたび流れに合った時など、どちらが下流なのか戸惑ってしまうことがある。木の葉や泡が、例えば左から右に流れていても、少しでも風が吹くと、逆方向に動き出す。流れが緩やかなのだ。
 さらにどしゃ降りの雨。危険を感じたら、沢を離れて山へ避難することを考えながら下ってきたが、水は濁り、飲むことに抵抗があるほどになった。それが、ここまでくると赤黒い色に変わり、透明度はなくなり水の中が見えなくなってしまった。これは雨のせいだけではなく、むしろ泥炭地の本来の色なのかもしれない。土がタンニンをたっぷり含んでいるのだろう。」
 うーん大変ですね。スコールが多い南の地方では、川(沢)には氾濫の危険性が特に高そう。事前に地図をよく確認し、危険な時にはどこに逃げるかを考えておく必要がありますね……(やっぱり私には無理だな……)。
 西表島の自然をたっぷり堪能させてくれる紀行エッセイでした。地図やデータも豊富なので、西表島を歩きたい方や沢歩きをしたい方にとっては、とても参考になると思います。読んでみてください。
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